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エレオノーラは騎士団員でありながらも、男性店員としてあの後宮酒場に潜入し任務をこなしていた。あの店での任務は普通に客に酒を提供するだけだ。たまに女性客から口説かれることもあったが、それを笑顔で流す。とにかく目を離していけない相手は窃盗団たちである。
その目の話すことのできない窃盗団が、盗品の密売についてやっと動き出したのだ。とにかく今回は長かった。酒場に潜入して一か月。もしかしたら一生このままここで、この酒場の店員になるのではないかと不安に思い始めたころ。彼らは二階にあるちょっといい個室で、取引を行うために動き始めたのである。
待った甲斐があった。だが、エレオノーラがそれに気づいたということを彼らに気づかれないように、店員として振舞い続けていた。そして情報だけは、騎士団のほうへ流すことを忘れてはならない。
第一騎士団が踏み込んだのは、まさしく満を持してと言えるような、絶妙なタイミングであった。窃盗団たちの大半は拘束されたが、勘のいい親玉が逃げた。その親玉を追っていたのがエレオノーラと第一騎士団の団長であるジルベルト。同じ獲物を狙っていたためか、ものの見事に正面からぶつかった。そして体力的に負けてしまったエレオノーラは、ジルベルトに押し倒される、という構図になってしまったというわけだ。
何しろジルベルトの身長は百八十センチを超えている。それに引き換えエレオノーラの元の身長は百六十センチあるかないか。変装のために身長を十センチほど高く見えるように誤魔化してはいたが、そんなごまかしが通用する相手でもなかった。
そのぶつかってから押し倒された直後は、場所が良かったのかタイミングが良かったのかわからないが、気付いたらお互いの唇が触れ合っている状態だった。
「すまない」
そう言って、少し頬を赤くしたジルベルトは彼女から離れようとしたのだが、そのときに突いた左手の先にあったのがエレオノーラの右胸だった。エレオノーラの前世の言葉で言うと、『ラッキースケ』ベというものに分類されるかもしれない。
「この流れにリガウン団長が責任を取る流れがありますか? ありませんよね?」
エレオノーラは兄に向って身を乗り出した。
ダニエルは右足を上にして足を組み、その右足の上に右肘をついたうえで、右手で顎を触れた。どうやら何かを難しく考えている様子。
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