色褪せぬ茜

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 夕暮れの空の色は気が重くなる。  良くないことが起こるのはいつも、世界の色が変わるこの時間。  一番古い記憶はまだまだ幼い頃。  茜色の空の下、住んでいた村を戦火が包んだ。  燃え盛る家を目の前にして唖然としていた私は、運良くその場から助け出されたが、家族とは二度と会うことはなかった。 「そこからが、私の死神伝説の始まりだ」  酒のグラスを揺らせば、カランと氷がぶつかる音が鳴る。  騎士団の行きつけの店での戦勝会。  常であれば参加などしないのに、今回の戦の功労者だからと引き摺られてきた。  そこで声をかけてきた男、トラモントは、「死神」と呼ばれる私の隣に座ってきた変わり者だった。  別の部隊から異動してきた新顔で、 「何故、ヴェースさんは死神なんて呼ばれてるんだ?」  と、私本人に直接聞いてきた礼儀知らずだ。  カウンターに頬杖をついて聞いていた彼は茜色の目を細めた。 「へぇ。それだけなら、良くある話だ。俺も似たようなもんだしな」 「君は燃えつきた建物から助け出されたと聞いたことがある」 「そうそう。覚えてないけど、全身大火傷だったらしい」  そう言ってあっけらかんと笑う彼の身体には、切り傷や刺し傷の痕は無数にあるようだが、火傷の痕は見当たらない。  少なくとも見える箇所には。  腕のいい魔術師がその場に応援に来ていたおかげで、全て綺麗に回復してくれたという。  幸運の塊だと言えよう。 「灰の中から出てきたから不死鳥、なんて呼ばれてるけど......今回もなかなかの不死鳥っぷりだったんだ」 「聞いている。最前線で矢を無数に浴びて倒れたはずなのに生きていたとな」 「いやー!急所外れて良かったー!」 「そういう問題なのか」  一気にグラスを空にしてしまう彼に苦笑する。  生死の境を彷徨っていて、数刻前にようやく起き上がったはずだ。  こういったことは、一度や二度ではないらしい。本当に、何かに守られているのだろうか。 「ま、俺のことはいいや。後は?やっぱり戦が強いから死神?」 「それもあるだろうな。私の作戦ではいつも敵の死者数が多いらしいから」 「怖いなー」  しかしそれだけではない。  どちらかと言えば、私生活のことで私の忌々しい呼び名が使われる。  家族を亡くした後、引き取ってくれた孤児院が魔獣に襲われた。  恋人が三人出来たが、それぞれ不慮の事故や急病などで帰らぬ人となった。  昨年は例え死神だろうと愛していると言ってくれていた婚約者が、通魔に襲われ無残な姿で見つかった。  その通魔はすぐに捕まったが、牢の中で惨殺されていたという。  誰がやったか、真相は謎だ。 「誰も私を咎めることはなかったからな」 「俺に言って良いのかそれ」  トラモントもまた、軽蔑や嫌悪の含まないあっさりとした声で軽く笑う。  同情すらも彼からは感じられず、心地よかった。 「なぁ、俺にしとく?」  空になったグラスを私のそれにカチリ、と当てながらさりげなく指を触れ合わせてくる。  言葉の意味を計りかねて眉を寄せると、茜色が真っ直ぐに見つめてきていて胸が騒めく。 「ヴェースさんに、一目惚れしたんだ」  嘘はついていなさそうな、重い声。  私ははっきりと首を振った。 「聞いてなかったのか?私は呪われている。関わらない方がいい」 「嫌われてるならともかく。理由がそれじゃあ、諦められないな」  不吉で美しい色の瞳を輝かせたかと思うと、トラモントは耳に唇を寄せてきた。 「あんたの呪いと俺の奇跡、どっちが勝つか賭けないか?」  忌々しいと感じていた夕暮れの色が、愛おしいと思うようになるのはもう少しだけ先のこと。  そして。  心を確かめ合い初めて愛を交わしたその翌日。  私を庇った愛しい人の、頭と胴が分たれた。  茜色の瞳は二度と光を灯すことはなくなった。
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