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撮影はあそこで終わった。海斗は思いのほか疲れてしまい、類を家に誘った。話の内容も重そうだったので、レストランで食事をするよりも、テイクアウトして家でゆっくり話そうってことになった。
「うわっ、ここカイの部屋? 凄く綺麗にしているね」
「そう? あまり家にもいないからモノがないだけだと思うけど、好きに座ってね」
類は買ってきた食事をテーブルに置いた。海斗は飲み物を持っていき、二人でソファに腰を掛けて食事を始めた。
「あっ、これ美味しいな」
「でしょ、ここの和食よくテイクアウトするんだ。やっぱりたまに、和食は食べたくなるんだよね」
「わかる! 俺は味噌汁とか飲みたくて、日本からレトルト送ってもらっているし」
「そうなんだ、いいなぁ。僕は日本に知り合いがそんなにいないから、現地調達だとどうも好きなブランドが手に入らなくてさ」
「だったら今度持ってくるよ」
たわいもない話と、美味しい食事。
「類はイギリス来てどれくらい?」
「三ヶ月くらいかな、カイは?」
「僕は高校卒業とともにこっち来て四年。こないだ大学を卒業したばかりだよ」
「カイが大学生とか、みんな驚いただろうね」
「そんなことない、僕見た目こんなだからわざと地味にして目立たないように変装していたし、モデルなのも周りには秘密にしていたんだ」
類はきれいな所作で食事をする、本当にいいところのお坊ちゃんなんだろうなと海斗は思った。
――キス気持ち良かったし、食事をする唇も官能的にみえる。
「類は今、恋人いる? キスがあまりにしっくりきて僕、驚いちゃったよ」
「ぶっ、へ? 恋人はいないけど、キス、ああ、ごめん。なんかカイからキスされたらそのまま舞い上がって」
「別にいいよ。撮影だし、よくあることだからね」
「よく、あるの?」
ルイが怖い顔で聞きかえした。
「商品によっては、キスもあるでしょ。でも僕が担当する宝石ではキス撮影の経験ないな」
「その割には軽くしてきたよね?」
「だってあの時の類、僕の裸舐めるのを躊躇しているというか、照れているというか。アルファなのになんだか可愛くて」
「からかわないでよ。俺アルファってだけで、ほぼキスくらいしか経験ないんだから」
「え!?」
驚きの発言だ。あのキスはうまかった……しかし、キスだけの経験? オメガの恋人がいたという話ではなかっただろうか。
「あの、だって。運命の相手に恋人取られたんじゃなかったの? それなのに経験なし?」
「ああ、その話をする予定だったよね」
食事も終わり、コーヒーを入れて二人でソファに座り直した。
「恋人を取られた。というより、俺が横恋慕したんだ。そのオメガの子と高校一年の時に同級生になって、仲良くなって自然に好きになったんだ」
「うん」
――同級生のオメガ……か。
「ねぇ、俺の話あんまり聞いても気持ちのいいモノじゃないし、幻滅すると思うけどいいの? あともう一回撮影あるし、聞いたら気持ち悪くて俺と触れ合いたくなくなると思うけど?」
「へぇ、類にそんな暗い過去があるようには見えないけど、大丈夫。きっと僕の過去もそれなりに酷いから多少の話は聞けると思うよ」
「カイも何かあるんだ……そうだよね、その色気となんというか色々慣れている感じがあるし俺なんかより経験しているか。なんていうかプロ意識の高そうなカイが、あの時あんなに動揺するってことは、カイにもそういう過去があるのかなって勝手に思っちゃったけど……」
鋭いな……この子はやはりアルファだと、海斗は思った。とてもよく人を見ている。
「僕のことはいいよ。それに僕はプロだよ、こないだはちょっと動揺しちゃったけど、仮に類を気持ち悪いって思っても仕事はこなすから心配しないで」
「それはそれで、なんというか複雑だなぁ」
類はそう言って笑い、過去を語り始めた。海斗の想像していた過去とは違ったが、まぁまぁ酷い話だと思った。確かに類のしたことは褒められたことではないけれど、でも最終的には利用されただけというか、当て馬にされただけだった。それなのに逃げるようにイギリスに来たなんて。
海斗は複雑な気持ちで類の言葉を聞いていた。
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