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5 類の過去
類の話は、こうだ。
高校の同級生のオメガの男の子に恋をした。どうしても番になりたくて、告白の時に発情促進剤を飲ませたが、その子の運命の番に阻止された。
その二人は付き合い始めるも、オメガの子がそのアルファとは番になれない事情ができ、まだその子が好きだった類は、自分と番になろうと提案。その子もその提案を受け入れて、発情期にホテルで番になろうとしたところ、そのアルファに乗り込まれ類は、アルファの護衛に捕獲された。そしてその子はそのアルファと番になった。
結局は二人のいざこざに類が巻き込まれただけというか、二人が番になるための当て馬にされただけだった。
「引いた?」
「え、ああ。発情促進剤を騙して飲ませたところ? それとも惰性で番契約をしようとしたこと?」
「ははっ、はっきり言うね」
「でも、どうして色々すっ飛ばして番契約にこだわったの? アルファって、恋をして両思いになって時間をかけられないものなの?」
爽と陸斗は運命だったからなのかと思った海斗だったが、アルファとは好きな子ができたらそんな簡単に番になるものなのだろうか?
海斗はベータだから、爽とは結婚という話で落ちついた。もし海斗がオメガだったら、告白と同時に爽に番契約を実行されていたのだろうか? 付き合う時も初めての時も強引だった。今さら考えてもどうしようもないし、今の海斗にはそれでもあの時のあの流れがどう変わっていたかなんてわからない。海斗が変な顔をして聞くと、類は苦笑いした。
「普通そうだよね。好きなオメガができたら、すぐに番にして囲いたいというアルファとしての本能が、俺は強すぎたのかもしれない。それまでオメガの子からいくらアプローチされても、付き合いたいなって思ったことがなかったけど、その子は違ったんだ。今まで周りにいた子とは全く違って、恋心にさえ気がつかれないし、俺焦っていたんだと思う」
「そっか。でもさ、二度目は同意をもらえたのに、どうして付き合ってからゆっくりと番になろうとしなかったの? 一度目は焦って失敗したのに」
「あの時は時間がなかったから、次の発情期で相手のアルファは噛むと言い出した、でもその子はそいつとは絶対番になれない事情があって、それで俺となら友達だし番になっても捨てられないっていう惰性と、俺の好きな子を番にできるというずるい計算が、俺たちの番契約だった。今考えるとほんと俺もあいつもバカだったよね。あの時、番にならなくて本当に良かったって今ならわかる」
類はスッキリした顔をしていた。本当に吹っ切れたみたいだ。運命と番になることを躊躇するオメガ側の事情とは、いったいなんなのだろうか。そこは類が詳しく言わないので、深く聞くことはできなかった。
「俺は一応、犯罪者だから。二度目はお互い同意の上だけど一度目は好きな子を無理やり番にしようとした強姦の罪で退学になって、日本にいれなくなった。それで逃げてきたんだ、イギリスに」
「でもその子も酷くない? 一度は類を選んだんでしょ。それで二人これから初めての交わりって時に、奪われるのはその横暴アルファのせいだとしてもさ、二人は元さやに収まったんでしょ。曖昧なオメガの態度が二人の男を天秤にかけたとしか思えない」
類は驚いた顔をした。
「あいつはそんな子じゃないよ。一生懸命バカなりに考えて出した答えで、あの時はたしかに俺に向き合ってくれた。周りに流されてしまう優しい子だったから、俺がそれを利用しただけなんだ」
「ふ――ん、その子バカなんだ?」
類は海斗を見て、何か思い出したようにふっと笑った。
「ああ、愛すべきバカだった」
類も相当優しいと思うと海斗は再度そう思った。そんな小悪魔オメガと一緒にならなくて本当に良かった。小悪魔で、馬鹿で優しいって一体どんな子だろう? 確かに類のしたことは酷い点も多いが、童貞なりに一生懸命行動したんだから、海斗からしたらお子ちゃまアルファという感じで可愛かった。
お互いに間違った選択ながらも、一応思いやりも見える。海斗の時とはまた状況が違うが、高校生の類には相当な痛い経験だと思った。
類は全てを認めてスッキリしている。それはその子と和解して、今では祝福しているからだろう。類は好きな子が幸せになれて良かったとまで言っていた。
「まあ、結局はあの二人は話し合いが足りなかっただけで、初めから相思相愛だった。だから横槍を入れて惑わせたのは俺。俺が登場しなければ二人で解決できていた問題だったよ」
「……類」
海斗は何とも切ない気持ちになった。
アルファとは可哀そうなところもあるのだと、心情を混ぜてアルファ側の事情を聞いたことで始めた少しそう思えた。
ベータはフェロモンに惑わされることはないが、アルファとオメガには恋心だけではどうしようもない複雑な本能という動物的な部分がある。それにより海斗は失恋したけれど、でもそんなものがある人種の方が、もしかしたら生きにくいのかもしれない。海斗は類の話を聞いて、少しだけ過去の自分を慰めてあげられる気がした。
「そんな顔しないで、この話には続きがあって、その子の親が俺に謝罪に来たんだ。騙してヒートを誘発させた行為は許せなかったけれど、二度目は息子が自ら選んだ選択だったのに裏切ったってことになる? のかな。父親からしたら不義理をしたって結論になって、それで俺に息子がすまなかったって言いに来てくれたんだ」
「へぇ」
それはまともな親だ。
爽の時はどうだったのだろう、そもそも海斗はまだ挨拶にも行っていない段階であの二人は番になった。あの後、爽の結婚相手が変わったところで向こうの家族としては何の問題もなかったのかもしれない。ベータの自分よりオメガの弟の方で良かったとまで思われた可能性も高い。
現にあの後、子供ができたのだから。
海斗と結婚しても子供なんてできるはずもない。爽の両親は相手が陸斗になって喜んだ可能性の方が高いだろう。今までそのことを考えなかったわけではないが、改めて昔の傷を思い出してしまった。
「でもよく受け入れたね、その謝罪。そもそも親が謝ったところで本人たちの問題だし、類の傷はそんなことで癒えないでしょ」
「そうでもないよ。またお前は無理やり連れ込んだのかって、むしろ殴り込まれたと思ったんだ。あの契約への誘導はちょっと罪悪感もあったからね、だけど彼の父親は違った。自分の息子だけじゃなくて他人の俺のことまで心配してくれたんだ。俺の親はアルファだから全てが完璧で当たり前っていう思考を持っていたんだ。むしろ前の事件で退学になった時に、番契約もできずに何やっているって怒られたくらい。やるなら失敗するなって、普通の親なら人道に反することをしたなら怒るよね」
――それはまた……。
「アルファ家系って、大変なんだね」
「俺の家はちょっと特殊だったのかも、それが全てだったから知らなかったけど」
「そう、なんだ」
「その子の父親は、まだ高校生で一生を誓うような経験をしたのに、裏切って消えない傷を負わせてすまなかったって、自分の息子への教育がなっていなかったからあんな馬鹿な行動をしたって。本人は好きな人と幸せになって、結果俺を傷つけただけになってしまったって、謝ってくれて、そして抱きしめてくれたんだ」
類はその時のことを思いだしたのか、照れくさそうに笑った。あっ、これはもう乗り越えている顔なんだなと、海斗は思った。
「俺、厳しい親だったから物心ついてからは抱きしめられた記憶なかったんだ。恥ずかしいんだけどその時泣いちゃって、まだまだ俺も十代のただの子供だったんだなって、なんだかさ、浄化されたんだよ」
「とても素敵な方だったんだね、その子の父親は」
「ああ、だから俺はそんな人が育てた彼だからこそ、好きになったんだって自信が持てた。もちろんあいつはいい奴だから、後日俺に謝ってきたけど、その時はもう俺の中でいろんなことが納得済みだったんだ。アルファという人種についてもなんだか吹っ切れて、そんな考え方の元になってしまった親からも離れたくて、なにより人生経験学びなおしたいって思って、それでいいきっかけだったしイギリスに来たんだ」
終わり方が凄く綺麗で、やっぱり海斗とはまた違うが、この子もとても辛い経験をしたのは間違いない。ただそれを学びにしているのが、やはり海斗とは違ったが……。
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