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類は全てを話してスッキリしているようだった。
少しだけ気まずそうにもしている。海斗に引かれたとでも思っているのだろうか? しかし海斗が黙ってしまったのは、自分の過去を思い出していただけで、決して類が嫌いだからではなかった。
「ごめん、俺帰るね。やっぱり話さなきゃ良かったかな。俺は俺でスッキリしているけど、こんなこと聞かされた方が何も言えないよね」
「あ、そうじゃない。帰らないで」
「えっ?」
立とうとした類を海斗は下から掴んだ。それが上目遣いみたいな目になってしまったからか、類が頬を赤らめた。海斗はその顔を見て、いたずら心が出てしまった。
「とてもいい話だった、っていったらちょっと語弊があるけど、でも類の人柄が良くわかるよ。やっぱり類はいい子だね」
「えっ、なんか照れるな」
類は可愛い顔をした。海斗は今の話を聞いて、さらにはその慣れていない顔を見て類が愛おしくなってしまった。
「類は、童貞だからそんなに真剣に悩むんだよ。僕が教えてあげる」
「な、なに。いきなり」
類を引き寄せてキスをした。類は驚いて海斗を引きはがした。
「な、なんでこんなことするの!?」
「僕は類を嫌ってないよ、むしろちょっと可愛いって思う。そういう人間臭いところアルファにもあるんだなって、安心しているくらいだから。そんな過去の話でまで、人に気を遣うものじゃないよ? 類とのキスは凄くしっくりくるからもう一度したかったの、ダメ?」
「だ、だめじゃないけど……んん」
その言葉を聞いて海斗は類に馬乗りになり、キスした。初めは抵抗して空をさまよっていた手も、海斗の腰を支えはじめキスに答えてきた。
凄く気持ちいい、と海斗は思った。
自分を相手にするアルファたちはどこか挑戦的で、自分が優位に立つことばかりしてきた。だからこそ、こうやって組み敷くのは気持ちがよく、自分を立ててくれる類の優しさを感じていた。
「んんっ、やっぱり類のキスは気持ちいいな、この先シテみない? 僕が童貞もらってあげる」
「えっ、待って、ダメだよ。俺は好きな子としかできない」
キスは簡単にするのに、そのサキはだめ……。類らしくて、海斗はますます微笑ましく思うも、欲望が一層のこと強くなっていった。
「類は僕のコト好きじゃないの?」
「好きだけど、でもそういうのじゃなくて憧れっていうか……」
「そんな難しく考えないで、僕が教えてあげる」
そう言って海斗は類に乗ったまま、上着を脱いだ。類は思わず海斗の胸を見た。自分のようなベータの男の小さい胸で、そんな赤い顔する類を見て「なんだ好きなんじゃん」と、海斗は心の中で思って微笑んだ。
海斗は類にキスをして、首を舐めた。
「んんっ、ちょっと、ちょっと待って、ほんとに待って、カイ‼」
「んもぅ‼ そのまま流されちゃえばいいのに、ほら、君のここはもういけそうだよ?」
「あっ、それは、カイがエロいキスをするからでっ」
海斗が類の股間を触ると、類はびくっとした。完勃ちではないにしても、楽しめそうな大きさだった。しかし、さわさわと触る手を類に抑えられてしまった。
「カイ‼ そんな簡単にアルファに手を出さない方がいい」
類は逆に海斗を組み敷き、上から真剣な顔で海斗を見下ろした。海斗はその行動に、ドキドキした。
「いつもこんな強引に誘っているの? その顔で?」
「その顔って……いつもは誘われている側だよ。僕から誘うことは、そんなにないかな? 特にベッドのことに関しては何もしなくてもみんなすぐ始めたがるからね、だから抵抗されたのは類が初めて。でもその気になった?」
海斗は下から類の頬を撫でた。その手を掴まれてまた類は怒ったように言う。
「カイ、やめた方がいい。あなたはとても美しすぎて危険だ。今までは安全な相手だったかもしれないけど、俺、執着系のアルファだよ。発情促進剤を飲ませて無理やり番にするようなゲスだよ? 未遂に終わったのはその時に助けがあったから。でも今は誰も助けに来てくれないよ?」
「別に助けなんかいらない。僕は今、類と寝たいと思っているから。今度こそ正真正銘の迷いのない同意だよ?」
「待ってよ、もう! なんで俺と寝たいの? 寝る相手はいるんだろ」
類は海斗を起こすとソファに座らせた。言っていることとやっていることが違い過ぎるでしょ、と海斗は思った。あんなこと言われたらこれから襲うって思うのに、どこまで紳士なのだろうとますます類への好感度が上がっていた。
「なんで類と寝たいのかな。なんか同情? セックスなんてそんな凄いものじゃないってことを教えてあげたかったの。経験すればそんなふうにすぐ誰かを襲おうなんて思わないかもしれないし、僕は類と寝てみたい。お互いにいい経験になると思わない?」
「……思わない。カイのセックスへの想いがそういうものだとしても、俺は違う。経験してないから強くは言えないけど、俺は好きな人としかしたくない。それは付き合いたいとか結婚したいとかそう意味の好きで、憧れだけで誰かを抱きたいわけじゃない」
模範解答だ。
だが好感が持てた。今までそんな人がいなかったわけではないが、そういう人は初めから付き合わなかった。海斗は人と付き合うことが、もう嫌だったから。その先の別れが怖くて付き合うことはできない。でもこの子はオメガを番にしたいタイプ。誠実だから嘘はつかなそう。
「実はね、僕にもトラウマがあるの。聞いてくれる?」
「えっ」
「あ、まずソレ抑える? セックスが嫌なら口でしてあげようか?」
「あっ」
類が赤い顔をして自分の股間を抑えた。可愛い、こんな可愛いアルファとなら、海斗はもしかしたらトラウマを乗り越えられるかもしれない。
海斗だって一生誰彼構わずセックスをして過ごすのがいいことだって思っていない。だが海斗はセックス依存症に近いモノがある。それをしないと不安でたまらなくなるのは、いまだ爽のことを考えてしまうから。セックスさえしてれば少しの間はあの時の出来事を忘れられる。だから海斗にとっては、食事をするのと同じくらいに必要な行為。
「君の話も聞いたんだから、僕の話も聞いて。今日は泊っていってよ、もう君を襲わない、だからシャワールームでソレ、処理してきたら?」
「あっ、ごめん。じゃあ話聞く前に、シャワー借りる」
――ふふ、優しい子だ。泊れという命令に素直に従うんだからね。
シャワーを済ませた類は気まずそうに立っていた。海斗だってベータのモデルだから背はそれなりに高いが、類の方が少し高かった。これくらいの誤差なら大丈夫だろうと自分の部屋着を渡しておいた。少しぴったりとしていたが、それはそれで類の素敵な肉体が見えて悪くないと海斗は思う。
気まずそうにする類に適当に過ごしていてと言い、海斗もシャワーを済ませた。その後、海斗はワインを飲んで、類は一応未成年だから炭酸を出しておいた。
「泊ってくれてありがとう、類は日本人だからかなぁ? なんかこっちで知り合った人の中では初めて警戒心なく接している気がする」
「カイはガード固そうに見えて緩いし、なんか心配だな」
類はふふっと笑った。
「僕はこう見えて警戒心の塊だよ。人を信じない、だから誰とも付き合わない。体だけの関係しか築いてこなかった。でも仕事は別。仕事は裏切らないから……人生をかけているって言うとちょっと言い過ぎだけど、早く自立したかったんだ。たまたま出会えた仕事だけど案外しっくりきて、モデルで食べていくのも僕には合っているかなって、だから真剣に取り組んでいる」
「うん、わかるよ。カイを見ていたら。作品からも伝わる」
「ありがとう。じゃあ、今度は僕の過去の話だね」
そうして海斗は、今まで誰にも言えなかった過去を包み隠さず話した。
両親も叔父夫妻も、海斗の後見人をしてくれる写真家も、みんなこの内容は知っていても、海斗本人からは聞いていない。誰も聞けなかった、古傷をえぐるよりはそっとしておこう、そして新しい世界を見せようと必死だったから。それにこんなことも友人たちにも言えなかった。海斗は逃げるように日本を去ったから、誰も海斗と爽の過去を知らない、そんな世界に行きたかった。
話を聞き終えた類は、海斗の手を握った。
「カイ、話してくれてありがとう。俺なんかよりも、断然辛い経験だ」
「そんなことない……確かに僕は過去のことが原因でこんなひねくれた考え方になっちゃったけど、それは僕という個人だからそうなっただけ。辛さや感じ方は人それぞれだからそれは図れないよ。でもそう言ってくれて、ありがとう」
類は海斗の目をじっと見た。
「カイ、抱きしめてもいい?」
「え……」
「ごめん、俺なんかじゃどんな言葉も浅くなる。アルファの俺は何を言っても軽薄な言葉にしかならない、だからせめて」
「いいよ、抱きしめて」
海斗はニコっと笑い、類に腕を開いた。そして類はそこに絡むように海斗の体を抱きしめてギュって力強く海斗を包んだ。なんだかあったかい、体はくっついているからそうだけど、でもそうじゃなくて心がぽわっとする……。海斗は今まで感じたことの無い、そんなしっくりとくる抱擁を味わった。
「カイ、今まで辛かったね。カイは凄い、本当に凄いよ。俺はカイという人を尊敬する」
「……類」
海斗は、類の言葉になぜかはわからないが、涙が自然に零れた。
自分も案外類をバカにできないくらい、まだまだお子ちゃまなのかもしれない。でも過去について泣くことを止めたからこそ、浄化しきれていなかった。体を開くことによって、アルファを屈服させることによって、過去に受けた傷を癒そうとしていただけで、そんな行為で癒されるわけがなかったんだ。
ただ傷に絆創膏をはっただけで中身の傷は治らないまま、ジュクジュクと膿だけが溜まっていたのかもしれない。海斗は類の背中にある手に、ぎゅって力を込めた。
「カイ?」
「……海斗」
「え?」
「僕の名前は海斗、二人の時はそう呼んで」
「海斗……素敵な名前だね」
「ありがとう……」
類の方が海斗より五歳も年下なのに、この包容力はなんなのだろうか。年下に抱きしめられて安心している自分が情けない気もしたが、海斗は類の胸でその夜、久しぶりに泣いた。
***補足***
海斗と類の会話について。
英語→Kai/ルイ
日本語→カイ/類
そんな感じで分けていました。
みんなが一緒の時は、ふたりは英語で会話をして、ふたりきりのときは日本語で話している設定です!
では、海斗の心が少しずつ解けていく。
そんな続きをお楽しみくださいませ☆
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