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6 撮影
宣言通り、海斗はセフレのひとりと前日にベッドを共にし、体中にキスマークと首元にはひとつ噛み跡を残した。
普段モデルをしているので、絶対に跡をつけるなとセフレたちには言っている。いつもなら絶対にさせない行為を許したことで、昨夜の相手は相当喜んでいた。興奮しすぎで若干腰回りが痛いが、仕方ない。興奮させたのは自分自身なのだから。
だが、なぜか海斗には昨夜不思議な感情が芽生えた。
どうしてだろうか……彼と寝た時、類の顔が思い浮かんでしまった。類なら自分をどう攻め立てるのだろうとか、キスをされても類のキスの方が気持ち良かったとか、ほとんど集中力できず、そんな海斗に気づいた彼は必要以上に海斗を貪ってきた。
海斗は、こんなにスッキリしないセックスは初めてだった。
それこそ海斗の中であの過去のトラウマが、少し浄化されたのかもしれない。あの夜、類に抱きしめてもらったことでなんとなく心が軽くなった。この変化に、ただ肉欲に溺れるだけの体、それを必要としない日が近づいてくる予感がしていた海斗だった。
「おはようございま――す」
「kaiおはよう。大丈夫? その色気は半端ないわ」
「はは、ビリーのお題のせいだよ」
「体も辛そうね……」
海斗がヘアメイクのビアンカと談笑をしていると、類も到着した。
笑顔でスタジオ入りしてきた類の周りは、海斗にはキラキラと輝きに包まれているように見えた。さすが王子様、周りの雰囲気も一瞬で色気のあるものに変わった。海斗の色気は男性にしか通用しないが、類のそれは女性陣を一瞬でとりこにしていた。
「ルイ――おはよう‼」
「あっkai‼ うっ、なにその香り……」
類が近づいてきたから、海斗は普通に挨拶しただけだった。いや、明らかにいつもよりも海斗のテンションは上がっていたような気がしなくもなかったが、類は海斗を見るやいなや、笑顔が一瞬で真顔になり思いっきり鼻を抑えて海斗から離れた。
その類の行動に、海斗は少し傷ついた気持ちがした。そして鼻を抑えて呼吸を辛そうにする類を見て、明らかに嫌な香りを嗅いだという仕草だと海斗は悟った。すぐさまビアンカに海斗は聞いた。
「えっ、僕? それともここ? なんか匂う?」
「全然わからないわ、なんだろ」
海斗は自分をクンクン嗅いだが、わからなかった。今日は香水もつけてないし、ヘアスプレーもさほど匂わない……。ビアンカも不思議そうな顔して海斗と顔を合わせた。
「ごめん、俺今日は無理みたい。その執着臭の染みついているkaiには触れない……」
「えっと……どういうこと?」
「kaiについたアルファのフェロモンだよ。そんな匂い付けられてんのに、相手は彼氏じゃないの? だとしたらやばいよ、それ。威嚇も激しいし、独占欲丸出しだから」
「えっ」
――なに、その怖い話。
昨日の相手はいつもの中の一人で、独占欲なんてあるタイプではなかったはず。初めからセフレだと了承を取れたからこそ続いている、大勢いる中の特別でもなんでもないひとりだった。そもそも海斗は、独占欲強いタイプとは一晩でも過ごさないと決めている。以前執着されて困ったことがあったから、それ以来寝る相手は慎重に選んできているはずなのに、いったい類は何を感じ取ったのだろうと海斗は不思議でたまらなかった。
海斗たちは、撮影どころじゃなくなる雰囲気だった。スタッフは全員ベータだからアルファの香りがわからない。そんな中で困ったアシスタントが急遽ビリーに連絡を取り、今のやりとりの話をした。ビリーは今日こちらに来られないから、他のアルファに確認取って欲しいと電話口で言われ、撮影スタッフが隣のスタジオで撮影に入っているモデルのアルファを連れてきた。海斗は会ったことのないアルファだったが、その人が海斗を見て顔をしかめた。
「まさかあのkaiとこんな風に会えるなんて驚きだけど、それよりもその香りに驚きだね。アルファとのペア撮影の日にそんなフェロモン付けてきたら迷惑だよ」
「ど、どういうこと?」
「kaiほどの人がそんなのもわからないの? kaiってオメガでしょ。アルファを舐めない方がいいよ、そのフェロモンは俺以外が近づくなっていう威嚇だから、よっぽど彼氏に好かれているというか執着されているんだね、そんなんじゃ他のアルファはしばらく近寄れないから」
海斗はオメガと思われることは多々あるから、そこは否定しなかった。しかしこのアルファはラノキリア専属ではないので、海斗の情報は言えない。ましてやセフレでもない。海斗が驚いていると、その彼は話を続けた。
「正直、俺もkaiに会えて興奮するはずなのに、気分が悪くなる一方だよ? 彼氏にほどほどにって言った方がいいね。じゃああまりここにいると体調悪くなりそうだから、俺戻るね! kai会えて光栄だけど、そのフェロモンが取れたら改めて挨拶する、じゃ!」
「あ、ありがとう」
隣から呼び出され海斗に会うも、キツイフェロモンのせいで気分悪くさせたという、なんとも迷惑なフェロモン野郎になってしまった海斗だった。あの昨夜の男とはもう縁を切らなければいけないようだ。海斗が一番嫌なのは、仕事に穴をあけること。協力してもらうはずが、とんだ迷惑行為をしでかしてくれたものだ、と海斗はむしろ腹立たしく感じていた。
「ビリーからルイ以外のアルファからの確認が取れて続行不可能なら、撮影は延期って指示だから今日は残念だけどお開きね! あっkaiはその色気もったいないからピン撮影に入れって、ビリーから。だから残ってね、ルイ悪いけどまた後日頼めないかしら?」
「いいよ、今日はごめん。俺役に立たなくて」
「ルイが悪いわけじゃないし、ビリーもkaiにそうするように指示したのは自分だから、相手が悪かっただけってことでお咎めなしよ。さ‼ 気を取り直していこう」
海斗が近寄ると類は気分が悪くなりそうだから、海斗からは何も言えず類はその場を去っていった。海斗は罪悪感が溢れてきてしまい、その後の撮影はスタッフがその表情に萌えてなんだかんだとめちゃくちゃいい画が取れたと喜んだので、なんとか仕事で取り返せたことに、海斗は少しだけ救われた。
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