2 出会い

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次の撮影はアルファ×オメガ、もちろんオメガを演じるのは海斗だ。 アルファとオメガの初めてのデート、まだ肉体関係もない初々しい二人を演じる。そのため、いつもの色気は封印しろとスタッフから海斗は言われていた。アルファが好きなオメガをデートに誘う、そういう爽やかカップル。アルファの手にはデートに相応しいゴージャスな時計と、それとお揃いの少し小ぶりのオメガ用の時計。恋人同士や夫婦仕様に新しく作ったお揃いの品。ラノキリアの新作ラインでも特に力を入れた商品だと、海斗は説明された。 アルファが自分のオメガへの手首の束縛。まだ首にはネックガードがハマっているオメガ。そんな二人の唯一の繋がりをお揃いで装着して、手をつなぐ二人。リングには早いが、お揃いの宝石をあしらった時計というシチュエーション。 この撮影でまさかの類が照れた。 初々しい二人をあえて作っているのか、本当に照れているのかはわからなかった。それくらい類の表情が自然にほころんでいたのを見た海斗は、「あれ? こういう雰囲気は慣れているように見えたのに、ちょっと可愛い?」心の中でそう思い、この撮影も楽しく終わった。 最後の撮影は、素の自分を出していいベータの役どころ。 今度はカジュアル路線の時計。休日気のおけない友と過ごす時間、そんなコンセプト。類は休日に友人とひとときを過ごす気さくなアルファを演じ、海斗は普通のベータ……まあ普通の人を演じる。ここでは思う存分話しながら撮影を進めるよう、先程みたいに類の笑顔を引き出せと海斗はカメラマンに言われた。仕方ないから海斗から話をする。 「類はいくつ?」 「十七歳」 「えっ、学生ってまさかの高校生だったの?」 「違うよ、飛び級して大学通っている」 「へえ、やっぱり優秀だね。日本じゃ物足りなかった?」 「ちょっと、日本に居づらい状況を作っちゃってね。イギリスに逃げてきた」 「君みたいな人が居づらくなるなんて、一体何をしたの?」 どうせろくでもない事情だろうと海斗は思った。アルファが逃げるなんて、オメガを襲ってほとぼり冷めるまで海外で頭を冷やせ的なやつに決まっている。ビリーと親が友人ということは、類はそれなりの家庭の子だろう。そんな海斗の勝手な思い込みもあり、軽く聞き返した。本当になんの興味もなかったので、普通のトーンで撮影用に笑顔を作りながら。 「好きな子が、目の前で運命の相手を選んだ」 「えっ……」 楽しい話どころか、今とてつもなくトラウマをえぐるような話をしていないだろうか。自分達は表情とは裏腹に全く笑えない話をしていた。そこでカメラマンのアマンダからストップがかかった。 「ちょっと二人ともなになに? 今は楽しむところだよ。どうして今更深刻な顔に戻しているの? コンセプト忘れた? 休日久しぶりに会った友人って設定だからね、さっきみたいに楽しそうな会話してくれなくちゃ」 「あ、ああ。アマンダごめんね」 海斗はアマンダに謝った。 「アマンダ、俺が悪かったんだよ。笑えない話をしちゃったんだ。kai(カイ)変な話聞かせてごめんね、もっと楽しい話しよう」 「えっ、あ、うん」 類はそれ以上聞くなという意味を込めて、話を終わらせたんだと海斗は感じた。しかし海斗はいつになく動揺していた。類の言ったそれは、海斗がイギリスに逃げてきた理由と全く同じだったから……。 その後の海斗は調子が戻らず、ついにベータの海斗の撮影は延期となった。類もう一日スケジュールをつけてくれるということになり、その場は終わった。 プロのモデルである海斗の方がうまく演技をできなかったせいで、リスケすることとなった。マネージャーと類とで話をしている。海斗は椅子に座りアイスコーヒーを飲みながら二人を見ていた。話が終わったようで、類は海斗のところに来た。 「カイ、ごめんね。俺が撮影中に変なこと言ったから、気を悪くさせてしまって」 「いや、違う、僕が悪い。プロとして情けない。類こそもう一回チャンスをくれてありがとう」 「やめてよ、チャンスだなんて。俺こそこんな美人にもう一度会える口実ができたんだから、むしろ嬉しいよ」 「はは、君はアルファらしくセリフがキザだよね」 その日はそこでお別れとなった。ビリーも海斗に気にするなと言ってくれた。類が一日しかスケジュールが取れないと言ったのは、面倒なことは一回で終わらせたかったからだと言われたらしい。 「ルイから別日に撮影をしたらどうかと提案したってことは、むしろルイはkai(カイ)が気に入って、もう一度会いたいと思えたってことだよ!」 「そうかな……」 「でもkai(カイ)こそ珍しいね。そんなに表情が戻らなくなるなんて、なんか酷いことでも言われたの? ルイはそんな子じゃなくて本当にいい子なんだけどな」 「いいえ、酷いことを言ったのは僕のほうです。彼のトラウマをえぐったかも」 「……もしかして、イギリスに来た理由をルイは話したの?」 「ビリーも知っていたの?」 ビリーは驚いた顔をしていた。 「そう、アルファにとっては辛い出来事だったよ。(つがい)契約をしようしたその時に、相手のオメガの運命の(つがい)に奪われたんだ。まあ物語はそんな単純な話でもなかったんだけどね」 「な、なにそれ。そんな酷い」 「kai(カイ)にはわからないアルファとオメガの事情があるんだよ」 運命の(つがい)とは、たった一人の魂の相手とも言われる。ベータにはわからないフェロモン。それがとてつもなく相性のいい相手で、出会っただけで発情してしまい、体が心が抑えきれない状態になる。普通のアルファとオメガは会っただけでは発情しない。運命を知るということは、それが目安とも言われる。「出会っただけで魂が震える」それは、運命に出会ったことの無い人にはわからない感覚らしいが、運命を知ったアルファやオメガは抗えない。 それこそが、たった一人の「運命の(つがい)」 気持ちなんて関係ない。たとえその時好きな人がいたとしても、もう運命にしか体が動かない。世間はそれを羨ましがる傾向にあるし、それをロマンティックだといい、運命に憧れる人も多い。しかし海斗の考えは違った。人道を無視した汚らわしい存在だと、海斗は認識していたのだった。 そしてビリーは、海斗がベータだからそんなことわからないだろうと思ったみたいだが、海斗には痛いほどわかる。 だけどそれは誰にも言わない……。 そんな過去、誰にも、絶対に言えない。思い出したくもないトラウマがまた胸を締め付けた。 「さあ、君は次の時までには気を取り直して撮影に望んで。知っていると思うけど、僕は何度も失敗をする人は好きじゃない。君は大丈夫だね?」 「はい、次こそは間違えない」 「よし、それでいい」 ビリーは海斗の頭を撫でてからその場を去っていった。海斗は呆然とその姿を見送るしかできなかった。
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