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数日は、あの新作とは関係のない宝石の撮影をこなしていた。そして類との撮影の日が来たとき、海斗は以前の類との会話を忘れることにして望んだ。
この撮影さえ済んでしまえば、類というアルファと関わることはない。それに彼はアルファだ、海斗と全く同じ経験とも言いがたい。あの時の自分はどうしようもない状況で、あのまま日本に残るなんて絶対できない状態だった。
むしろ今、生きてこんなに輝いた場所にいるのも奇跡に近い。だが彼はどうだ? アルファなのだから命を絶つ選択まではしていなかったはずだ。
いや、わからないことを思うことはやめよう。これから関わることのない人のことを考えても仕方のないことだと思考を閉ざした。
海斗は無理矢理そう思い込むことで、自分の思考にけじめをつけ類との撮影に望んだ。
類はまた人当たりのいい顔で海斗に接してきた。以前の海斗のメンタルがやられたことなど全く覚えていないかのように、屈託ない笑顔だった。その笑顔に海斗の胸がなぜか締め付けられたが、もう失敗は許されない。
ただ一度きりのモデル経験のために来たような若者に、未来を奪われるわけにはいかない。自分にはもうこの仕事しか残されていないのだから、失敗して日本に帰るなど絶対にできない。日本以外で生きていくしかないんだと、強い気持ちで今日の撮影に臨んだ。
撮影はすんなりと進み、難なく成功した。そしてビリーがまたもや見学に来るという、おかしなこともあった。忙しいはずのビリーがどうして? と海斗は思ったが、ジュエリーブランドが出す時計ということで気合の入り方が違ったようだった。
「ブラボー! 二人ともとても良かった‼ こんなに相性のいい相手を見たことがない。そこでもう一つ撮影を増やしたいんだ。アルファ×オメガ、その商品で見せ方を変える広告も作りたい。前回は初々しいデートという設定だったけど、今度は番契約を誓った二人の初夜がテーマ。あの時の撮影で思いついたんだ‼ kaiにはラノキリアの宝石入り首輪をつけてもらい、時計も見せる。そんな画をお願いする」
「え……」
海斗は思わず本音が吐息となって出た。
類とは今回きり、そう思いなんとか撮影に挑めたのにまた会うなんて無理だ。しかも今度はオメガ用の撮影でそういう雰囲気を作るなど、海斗には憂鬱なことでしかなかった。
これ以上、類と会うことで昔を思い出したくない。
「kai、これは仕事だよ。専属なら断れないのはわかっているね! 次も最高の出来を期待しているからね!」
「わかった、ビリーお疲れ様」
そうして嵐のようにビリーは去っていき、今度はアマンダが興奮している。
「ルイ、あなた最高だったわ! これで単発モデルなんてもったいない‼ kaiの表情をうまく出していて、とっても二人はお似合いだった。そうだ‼ なんなら次の撮影の前の、いつもの準備はルイにお願いしてみたら?」
「いつもの準備って?」
そこで類がアマンダに問いかけた。
「kaiったら、オメガの雰囲気を出す前は男に抱いてもらうのよ。そうすると、もう色気が最上級に上がってね」
「えっ」
類が驚いている。もちろん海斗はあと一度だけの撮影相手に、そんなことをお願いする気はない。
「アマンダやめてよ。ルイは知らないんだから、変なこと言わないで。ルイもごめんね、変なこと聞かせて」
「えっと、ううん。そういうこともあるんだね、驚いたけど、kaiの魅力と色気は画面越しに見てもすごいものがあるから、逆に納得した」
「そう、それなら良かった。こんな男と密着するのやだって言われても、僕にはこの撮影を断る権利がないから」
「そんな裏事情知ったら、むしろ密着するとき緊張しちゃうな。俺kaiの足を引っ張らないように頑張るね」
海斗は類のことを、単純にいい子だと思った。この子はとてもいい子のアルファに違いない。屈託ない笑顔と人を蔑まない態度。まだ日本で言うところの高校生だ、だから擦れていないのか? いやそんなことはない、同じ高校生でも自分は最低のアルファを知っていたから……。
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