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8 オメガへと
その日から数日の入院が決まった。これからオメガになるかもしれない海斗は、精密検査をすることになった。爽により傷つけられた心も、今のオメガ要因が強い海斗では、まだ経過観察が必要とのことだった。
「ごめんね、せっかく明日から旅行に連れてってくれる予定だったのに」
「いいんだよ、俺たちはこの先一生を共にするんだから、いつだって何処にだって行ける」
「うん」
類は海斗の手を握り、優しく話す。本当ならこんな日は、ホテルに戻ってすぐに抱いてほしい海斗だった。キスだけじゃ足りないが、オメガ専門医のしかも最高峰の人に、ただ陸斗の兄ということで見てもらえているのに、わがままは言えない。
岩峰総合病院の副院長、岩峰勇吾。
彼に見てもらいたい患者さんはたくさんいる。テレビに出るくらいかなり有名な先生だと、初めて岩峰を見た両親が驚いていたのが懐かしい。
「でも、せっかく陸斗君と赤ちゃんのいる病院に入院しているんだから、この際ご両親に代わりに行ってもらわない? 俺たちどちらにしてもいったんイギリスに帰るし、その間、病院に通ってもらうことになるから、今のうちに休んでもらおうよ」
「それいいね、ありがとう」
「宿は押さえているし、そこにお義父さんたちの休みが取れたらラッキーくらいでさ、あまり負担になられても困るだろうから、軽く聞いてみて」
「うん、きっと喜ぶよ」
その場で両親に電話した。
海斗が襲われたことは言えなかったが、日本にいる間に海斗の検査入院が決まったので、陸斗のことは自分たちが見守れる。仕事に余裕があるなら代わりに旅行に行かないかと伝えた。
後は類が代わってくれて、両親と色々と話していた。
両親は岩峰のところなら安心だと言い、息子夫夫からのせっかくの好意だから、旅行に行かせてもらうことにした。チケットなど類が手配したものを送信していた。
少しすると岩峰が病室に来て、二人でオメガ化についての詳しい説明を聞いた。
実は今までのラットは、海斗の発情期周期なのだろうと言われた。ただ完全なオメガではないのでヒートとまではならず、アルファである類がラットを起こすだけだった。でも最後のラットの時に、類は海斗のうなじを噛んで番は成立した。
あと数回ラット時のビッチングをすれば、確実に海斗はオメガになるだろうと。子宮は完全にできるまで子供は望めないし、これから海斗の体が出産に耐えられるのかも、産めるかもまだわからないと言われた。
類はその話を聞いて、陸斗の子供を二人の子供として引き取ることになったので、子供は十分だし、なにより海斗に無理をさせたくないと言った。
岩峰はそれを聞いて喜んでだ。陸斗の子供のことはずっと心配してくれていたから、本当に安心したと。とても良い先生が主治医で海斗も嬉しくなった。
そして海斗が、バース不明モデルをしているのは好都合だと言われた。
なぜならビッチング によりオメガになったことは、世間に知られてはいけないことだった。あまりに事例が少ないことで、知られてしまったら好奇の対象にされるどころか、研究対象として攫われかねない。もしオメガということを世間に公表するなら、昔からの知人には、オメガを隠すためにベータとして過ごしていたと言えと岩峰は言った。
海斗と類は、岩峰の説明に納得した。
海斗はというと、オメガになると聞いても大した感情は生まれなかった。どんなバース性にしても、類の嫁だということは変わらないし、これから先も類としか体を交えない。発情期はむしろ、ちょっと楽しみだった。
そういえば類のラットの時に、海斗はオメガの発情期みたいだったと言われたことがあった。意識を失うセックスは、理由がわからず怖かったが、これで納得できたのでむしろしっくり来たくらいだった。二人のセックスは、たびたび軽くヒートに入っていたらしいと、そんな恥ずかしい問診をされて、自分たちの性生活が岩峰に筒抜けになってしまった。
しかし海斗は、類とエッチを今まで以上に楽しめる体になるなら、やはり嬉しかった。もちろん現状も大満足だが、類にオメガとのセックスを経験させてあげられるのは、なんというか、やはり嬉しかった。
一通りの問診が終わると、岩峰は満足したようにノートパソコンを閉じた。
「いやぁ、想像以上に海斗君のオメガ化は進んでいたみたいだ。二人の愛の深さに、医者だけど感動しちゃった」
「先生……」
「この機会に病院に来ることができて良かった。知らないところで、いきなりヒートで倒れるなんてなったら怖いからね。類君という番がいようとも、オメガだと知らない海斗君は自分の変化に焦るはずだし、オメガのヒートはそういう欲も高まるから、色気が出た海斗君が誰かに襲われかねない。今回の事件は辛いことだったけど、君の体の変化を事前に知るきっかけになったことは不幸中の幸いだね」
「確かに、知らずにイギリスに帰って、仕事中にそうなったら危なかったし周りにも迷惑かけるところでした」
爽に襲われたのはとても不快で怖かった海斗だったが、実はすでにそのときは類の番になっていたので、余計にそう感じたらしい。
――正真正銘、ビッチは卒業だ‼ 僕は類のオメガになる、僕はつい嬉しくて類に失言をした。
「これからは類だけが、僕を喜ばせられるね」
「付き合ってから、ずっとそうだっただろう」
ちょっとむくれた類を見て、海斗は可愛いと思ってしまった。
「確かにそうだね、言い方が悪かった。今までと変わらない、でも僕のうなじに類という鎖がついて本当に嬉しい‼」
「海斗は案外束縛されるの、好きだよね」
「類にだけね」
類が自然にキスをした。
「う、ごほんっ。いやぁ、初々しいというか、熱いね。ちなみにここ、風呂場も完備している特別室で、一応この部屋だけ番も泊まれるようになっているんだ。番欠乏、つまりオメガは番以外に触られると拒否反応を起こして番のフェロモンを欲しがるんだ。番と性交渉が一番の治療だから、良かったら類君は今夜ここに泊まって海斗君を愛してあげて。鍵もかかるし、防音の部屋だから安心してね」
「び、病院で、シテいいんですか!?」
類が思わず聞いた。
「特別だよ。本当はすぐに帰って二人で愛し合うのがいいんだろうけど、特殊な例だからこのまま検査をして今後の方針を決めたい。ここにいてもらった方がいいんだ」
「じゃ、俺ここで海斗を抱きますね。正直限界だったんですよ、他の男が嫁を触ったところを早く上書きしたかったんです。医者の許可が出たなら遠慮なく」
類がニコっと笑い、海斗に向きあった。
「る、類、先生の前で恥ずかしいな」
「いや、欲望に忠実なのはいいことだよ。じゃあお邪魔虫は消えるね、何か必要なものがあればここのタブレットに打ち込んでね! 診察はまた明日の午後から開始するから、それまでごゆっくり」
「ありがとうございます」
そして二人きりになった。
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