8 オメガへと

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それからの海斗の日々は、岩峰と二人で話す機会が増えた。 診察の時にちょっとだけど、他愛もない話をする。その時に海斗の知らない時間の陸斗のことを教えてもらう。 岩峰には真実を語っていた陸斗は、海斗の想像通りだった。やはり爽のことが(つがい)になったその日から変わらずに好きだったと、岩峰にだけ心の内を語っていた。しかし爽から煙たがられているのに気が付いていて、(つがい)解除を言われた時、もう受け入れるしかないと思ったようだ。 初めは(つがい)解除が不安で、一生の別れになるのが怖くてたまらなかった陸斗だが、妊娠しているとわかり救われ、好きな人の子供を産みたいと言った。それで岩峰も出産することに協力したが、陸斗は一人になって不安が大きくなり過ぎたのか、今度は子供を産みたくないと言っていた。でもその時はすでに堕胎できない状況だった。そこから、陸斗はどんどんふさぎ込むようになった。 診察の時、陸斗はたまに海斗のことを自慢していた。海斗の記事や、雑誌を集めてスクラップしているものを、岩峰は見せてもらったことがあると言った。 心の底では、兄を慕っているのが良くわかったと。だけど自分は兄から好きな人を奪ったから、一生会えないかもしれないし、(つがい)に捨てられるのも罰が当たったのだと言っていた。岩峰は陸斗の想いを知っていたから、いつかは海斗にそのすべてを聞かせたいと思っていた矢先に記憶喪失になってしまった。 だからこれは自分が伝えるべきことなんだと思った。そう言って海斗に陸斗の話をした。 「陸斗は僕のことを恨んでいたと思っていたんですけど、そんなふうに思ってくれていたなんて……」 「(つがい)に愛されないのは、海斗君のせいじゃないって言っていたよ。君たちの愛の深さも知らず、自分は運命だから選ばれて当然ってそういうおごりが、きっと(つがい)にもわかってしまって、飽きられたんだろうって」 「先生。僕の知らない陸斗のことを色々教えてくださり、ありがとうございます。記憶を失くす前の陸斗が、岩峰先生と出会えて良かったです。僕はもう過去は見ません。陸斗の(つがい)とも決別できたし、法的にも今後陸斗に近づくことも許されません。だからこれからは、僕が弟を守ります。もちろん弟の子供も!」 「海斗君はいい笑顔をするね。君たち兄弟の絆が深くて良かった。オメガ治療は心理的な部分が多数を占めるから、家族の仲がいいのは最大の治療効果を引き出すよ」 そして岩峰の許可もおりたことで、海斗の個室に陸斗が引っ越してきた。 あの日、翌日の昼まで類と二人だけの時間を満喫すると、岩峰からホルモン値も安定したのでもうセックスする必要はないと言われてしまえば、さすがに病院でそういうことを続けるのは難しかった。そして陸斗と毎日会うようになり、陸斗が海斗のベッドにこっそりと夜に寝にくるのを見て、岩峰が笑いながら引っ越ししてこようと言った。 海斗からみた陸斗は、甘えん坊でとても可愛かった。 陸斗の思春期に兄がいなかったのが寂しかったようで、今になってたくさん甘えてきた。治療に良いと言われて同室になったが、それ以上に海斗の心も弟が側にいる方が落ち着いていた。類はその間に、海斗を陸斗に託し精力的にビリーからの仕事をこなしていたので、ちょうど良かった。 海斗の入院は、()()の体力低下のためだと岩峰が陸斗に説明した。この際、海斗が()()()()()()ことと、()()したことを同時に伝え、岩峰は陸斗の反応を見ながら話したら、陸斗は驚くことなくそれをすんなり受け止めた。 陸斗の状態では子供と対面させるのはまだ早いということで、子供は集中治療中でまだ見せられないという説明にした。 海斗は一日に何度か子供を見に行った。一生懸命頑張って生きようとしている姿を見ると、いつも泣けてくる。いつの間にか類も寄り添って、まだ抱けない子供を見て、二人親としての決意を固めていった。 その後、旅行を満喫した両親も帰ってきて、海斗の病室はいつも誰かしらいる賑やかな部屋になっていた。 一度、司が来たとき海斗は驚いた。 海斗を守れなくて、ホテルとして管理がいきわたらず申し訳なかったと謝罪をしにきた。だけど海斗としてはは司には感謝しかなかった。あの時助けてくれなかったら、海斗の傷はもっと深いものとなっていたから。それを言うと司は変な笑顔になった。この子もアルファだからきっと不器用な子なのだろうと思うと、海斗は司のこともちょっと可愛く思えた。 それから類の友人の、近藤と明もちょくちょく遊びに来た。医者から、今は(つがい)持ちのアルファやオメガと陸斗は会わせない方がいいと言われ、残念だけど海斗が入院していることは、オメガの正樹に内緒にしてもらった。もちろん司も謝罪に来た一度だけのお見舞いで終わってもらった。 陸斗は五年もの間、爽のもとにいたから友達は離れてしまったと両親から聞いた。だからなのか、類の友達二人と会うのは楽しそうで安心した。ベータの二人には、陸斗のオメガ事情を詳しく知ってもらった。気を使ってくれてそれでも友達のように接してくれて、兄としてはとてもありがたかった。 あれから類の両親にも、オメガ化のことを類から説明すると喜んでくれた。海斗は複雑な気持ちになったが、それはそれで良かった。そして、類の両親二人でお見舞いに来た。 その時に海斗の両親とも対面して、病院だけど両家の顔合わせも無事に済んだ。 海斗の両親は、類の両親を連れて赤ちゃんを見に行った。類の母親は泣いていたと言っていた。事情の全てを聞いて海斗と赤ちゃんを受け入れてくれた櫻井家には、頭が上がらないわと、海斗の母は穏やかな顔で海斗に言っていた。爽の家とは違って、良識のある方たちで良かったと、父も言ったのを見て、海斗はなんだかほっこりした。 赤ちゃんの名付け親には海斗の父がなった。櫻井家もそれでいいと言っていた。 そんな穏やかな日々が過ぎて、海斗の退院が決まった。 赤ちゃんの入院はまだまだかかるだろうと言われ、海斗と類は、その間にイギリスでのことを全て片付けてから日本に戻ると約束をして、二人イギリスへと戻っていった。 そして慌ただしくイギリスで入籍発表をして、さらにラノキリアジャパンのオープンの告知とともに、代表を類が務めるとビリーが発表した。 海斗は夫についていき、活動拠点を日本にすると報道することで、連日パパラッチに追われる羽目になったが、それはそれで楽しかった。もう何も隠すことはない。海斗のうなじの噛み跡はひそかに撮られたらしく、雑誌にはkai(カイ) は結婚して(つがい)になったと出ていた。事務所は否定も肯定もせず、今まで通り、バース不明モデルとしての路線は変えないと言った。すなわち、今後もkai(カイ)はどんなバースでも演じるモデルを続けると。 そしてすべてのことをやり終えて日本へ帰国すると、驚いたことになっていた。
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