9 ここから僕たちは始まる

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9 ここから僕たちは始まる

半年後、やっと日本に帰って来た。 海斗の母からは子供が成長していると、よくテレビ電話で見せてくれた。二人そろって病院へ行くと、本当に成長していた。そろそろ退院できると岩峰からも言われたので、急いで家の準備をした。 あらかじめ櫻井家が住居を用意してくれた。結婚祝いだと言って都内の一等地にセキュリティーの高いマンションを購入していた。さすがにマンションはお祝いにしては桁が違い過ぎると海斗たちは言ったが、いずれ自分の気に入るところがあれば移ればいい、今はまず日本での基盤作りに専念しなさいと言われたので、遠慮せず甘えることにした。 そして日本に帰ってきて驚いたことと言えば……。 陸斗は子供よりも先に退院していた。すっかり元気になったということだった。まだ発情期は止まったままだが、今は状態がいいのであとは通院で、様子を見ようということになった。そして実家に行った時、陸斗から衝撃の言葉を聞いた。 「お兄ちゃん、類君。僕、明君とお付き合いすることになったの」 「「ええぇ――‼」」 ――ど、どういうこと。明? 類の友達の明? なぜ。 「なんで明と!?」 「なんでって……明君と近藤君が病院に良く遊びに来てくれて、それで外出許可出た日は、近藤君の彼氏さんとも遊ぶようになったら、なんだかダブルデートみたいな流れが何回か続いて、それで」 「……類」 海斗は類を睨みつけた。 「俺、聞いてないよ!」 「明って、類の友達でしょ。大丈夫なの?」 「ああ、明なら大丈夫。ちょっと軽いけど、すごいいい奴だよ」 「軽いの!?」 「あ、軽いというか、ノリが軽いだけで、ちゃんとした奴だよ」 母と陸斗が笑っている。そしたら母が話した。 「明君はいい子よ。付き合う前にきちんと私のところに挨拶に来てくれたの。告白していいかって、岩峰先生にも聞いたみたい。陸斗の気持ち次第だから、良いんじゃないってことになってね、それで陸斗もね!」 「う、うん。恥ずかしいな、僕としては初彼の気分だし、全てが初めてのことだから。おかしいよね? (つがい)契約まで済ませているのにね。そんな僕でもいいのって聞いたら、明君、だったらなおさらアルファは敵じゃないってことだから嬉しいって言ってくれたの。それで僕も明君ならいいかなって」 ――明……いい奴じゃないか‼  明と近藤、そして司には陸斗と僕の過去を全て伝えてあった。司は海斗を救ってくれた当事者だし、明と近藤は、陸斗の友達候補として日本を離れる海斗を思い、類が繋いでくれた仲だった。 過去を知っても陸斗を想ってくれるなら、それなら一番いい相手かなと、海斗は理解した。理解はしたが……。 「そうか、でも僕になんの断りも無いのは許せないな」 「たしかに、俺にもそんなこと一言も言ってこなかった」 海斗と類は腑に落ちないという感じでいると、そこに軽快なピンポーンが響いた。 「あらあら、噂の人物が来たようね」 母が玄関まで行くと、明と近藤が入って来た。 「よう! お二人とも帰国おめでとう」 「櫻井――‼ 俺はお前と兄弟になったぞ!」 「近藤ただいま。って、明は相変わらず暑苦しいな」 近藤がスマートに入ってくるも、明は類に抱き着いた。 ――もう! 僕の類に抱き着くとはけしからん! 何回このくだりを見せるの? まあいい奴だな、うん。 「海斗さん、いえ、お兄様。俺、陸斗と真剣交際させていただいております‼」 「お、お兄様ぁ!? 真剣交際って……、僕になんの断りも無いのはどういうこと?」 ――馴れ馴れしいぞ‼ 「ほら、二人ともイギリスでやること多かっただろう。心配かけても悪いし、上手くいくかもわからなかったから、陸斗のご両親に代わりに相談のってもらって陸斗と付き合えることになったんだ。付き合っているのは、日本に帰ってきたら言おうって陸斗と話したんだ」 「ふ――ん。僕の大事な弟を泣かすことあったら、」 「泣かさねぇし‼ 大丈夫だよ。もう陸斗の薬指も予約したから!」 「はやっ、そんな重い愛情だったの? 類、明は軽い男じゃなかったの!?」 思わず海斗は類に縋りついた。すると類は、困ったように明に笑いかけた。 「え、え――っと。明、おめでとう?」 「おう‼ ありがとよ」 そんな感じで、実家は平和だった。そして、また一つ幸せなことが増えていったのを海斗は感じた。 あの後、明を問い詰めたら、思いのほか真剣な想いだった。 「陸斗の過去は、明が知っているっていうことも何も言ってないでしょうね?」 「言ってないよ、それは絶対に言わない。先生からもご両親からも許可が出ないことを俺が言うわけない。海斗さん、安心してよ、俺本気で陸斗を愛している。一緒に過ごすうちにどんどん好きになって、あんないい子いないね」 照れながら、明の話す言葉を聞いて、海斗はなんだかほっこりした。だけどキチンと牽制しとこうとも思った。 「当たり前でしょ、僕の弟なんだから」 「はは、だからお兄さん、安心してください‼ プロポーズも済んでいるし、高校卒業したら入籍するんだ」 「お兄さんって、まあ、明なら良かったよ。でも結婚するにしても、子供は望めないかもしれないよ? あの子はすでに二人も産んでいて、また妊娠したら心がどうなるかまだわからないし」 「それは、岩峰先生にも言われた。陸斗が望まない限り絶対に妊娠させるなって。俺は別に陸斗さえいればいいし、子供が全てじゃないでしょ」 海斗は驚いた。類といい、明といい、この子たちはまだ高校生なのに、凄く大人な考えを持っているみたいだ。この子なら陸斗を任せても大丈夫かもしれない、そう思って海斗は真面目に明に向き合った。 「明、陸斗をよろしくお願いします」 「ああ、任せて。必ず幸せにするから!」 類も海斗もなんだか拍子抜けだったが、安心した。すると、近藤がそこで話に入ってきた。 「二人とも、知っていた方がいいと思うんだけど、その陸斗の元(つがい)の会社が倒産した。サクラジュエリー、そして西条グループが全ての契約を切った。それを皮切りに他のアルファたちの会社もことごとく契約を切っていって立ち行かなくなったんだ」 「え、あんなに大きな会社なのに?」 驚いた海斗が近藤に聞き返した。 「ニュースになったんだよ。息子が海外セレブのストーカーをして、強姦未遂で現場をとりおさえられたって。西条グループも、ホテルで事件が起こったことを謝罪した。ホテルの出入り業者が勝手に侵入したことがきっかけになったので、今後は取引業者をより一層厳選すると言ったんだ。それで明るみになった、多分そういう風に西条が仕掛けたんだと思うけど」 「へぇ、西条そこまでしてくれたんだ」 そこで類が感心した。海斗は海外セレブってことになっていたのか。身バレしたら大変って意味では間違っていない。 「アルファ至上主義なんて、今時流行らないんだよ。だからこそベータやオメガを陥れるような家柄は排除しようって世論が大きくなったのもあるかもしれない。大手と契約が切れた後は、散々バカにしてきたベータの企業を頼ったけれど、もう誰も相手にしてくれなくなっていた。それで倒産するしかなくなったみたい」 「それは……サクラジュエリーも方向転換するように、父親に進言するわ」 類の家の会社も、アルファ至上主義に近いものがある。話を聞くとお義父さんはそこまでじゃないが、取引先がそういうところが多いと言っていたのを海斗は思い出していた。 「お前のとこも、ほとんどがアルファの取引先だもんな。でもサクラジュエリーが先頭立って制裁行ったし、なんなら株爆上がりしていたぞ! 海斗さんが嫁に来たことでまた変わるんじゃねえ? 最近じゃkai(カイ)人気から、ベータやオメガの顧客も増えたって話だぞ」 「そうなんだ。それは、またビジネスに繋げたのは親父のしそうなことだけど、まぁ良かったよ」  時代は変わった、いつまでもアルファだからというだけで生きていける訳じゃない。いつの間にか(つがい)解除も法で整備されるようになったし、オメガにとっても悪いだけじゃない明るい世界になっていく。 「それにしても、いい気味だね。散々、僕と陸斗を苦しめたんだから。爽の親も僕の親を苦しめたし、法的にも縁を切った後で本当に良かった。ただの性別だけで人を判断してきた結果、そういう末路になったんだ。でも陸斗の産んだ子はどうなるのかな」 「そのことは俺も気になって調べたんだ。そしたら、爽ってやつの嫁はその子を本当の子供として育てていたから、離婚成立しても親権を獲得して、その人の実家で大切に育てられているみたい」 「そっか、その子も産まれた時から、その人が本当のお母さんなんだもんね。知らない産みの親より、身近の愛情の方がその子にとっては大事だし、それが本当の居場所だよね」 本当にすべての縁が切れた、そう思った瞬間だった。そして陸斗は全てを忘れたまま明を愛した。 ――それならそれでいいかもしれない。 「海斗さん、子供は俺の甥っ子として可愛がるから、安心して。陸斗の子供だなんて誰も知らないから、それはもう事実じゃないよ。あの子は正真正銘、櫻井と海斗さんの息子だ」 「明……ありがとう」 海斗は、感極まって涙をこぼした。そんな妻を愛おしそうに見つめ、類はそっと海斗を抱き寄せた。 明と近藤は、苦難の日々がやっと報われた友人夫夫(ふうふ)を温かく見守っていると、そこに何も知らない陸斗もやってきた。皆が湿っぽくなっている姿にびっくりしてしまった陸斗を見て、明は陸斗を抱き寄せた。 「陸斗、俺たちもお前の兄ちゃんたちに負けないくらい幸せになるからな!」 「う、うん?」 いったいどんな空気なのだろうと、陸斗が戸惑いつつも明に甘えて胸に収まると、海斗は類の胸の中から、涙をぬぐって声を出した。 「こら! 僕の前で弟とイチャイチャするな!」 「もう、お兄ちゃん。どうしたの? 類さんに抱き着いて言っても、説得力ないからね、ね、明君!」 「ああ、ほんと説得力ねぇな、はは!」 穏やかな空気がここにある。ここから自分たちは、また新たなスタートを切るんだと、海斗は確信していた。
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