3 海斗の過去

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3 海斗の過去

それはもうずいぶん前のことだった。 海斗はベータだったが、その辺の女性よりも美しい容姿のせいもあり、絶対にオメガだと言われ続けてきた。だが初めてのバース検査ではベータだった。その結果に周りはがっかりしたのを海斗は覚えている。 アルファはよっぽどの遺伝子と優秀さが無ければ生まれない。海斗の家系にアルファはいないので絶対にそれはなかった。「どうして? オメガの方が絶対に生きづらいでしょ」海斗はそう思い、周りが海斗にオメガを望むことに疑問しかなかった。 一般的なベータになれることはみんなが望んでいること、それなのにオメガではなかったことにがっかりされる。それが海斗には、どうしても不思議でたまらなかった。 この世の中は、男女以外にも三つの性別がある。 アルファは男女共に相手を孕ませることができる。ベータは一般的な男女、オメガは男女共に妊娠可能。アルファとオメガには本能を支配するフェロモンが存在し、相手を誘うような飛び抜けた美貌の持ち主が多い。 アルファとは人類の頂点で、人口の二割と言われている優秀な遺伝子。親がアルファならアルファの生まれる確率は上がる。だから自然に子供も生まれながらにそれなりの地位にいることが多く、主に富裕層で恵まれた人たち。ただ、オメガの発情には抗えないのが難点。アルファとオメガだけは、お互いにフェロモンを感じることができるので、どんなに優秀でも本能には逆らえないことがある。 そしてオメガは人口の一割しかいない。オメガには三ヶ月に一度、自分の意思ではコントロールできない発情期がくる。 (つがい)のいないオメガは誰彼構わずフェロモンで相手を誘ってしまい、セックスするしか抑えられない衝動に駆られる。そしてその時だけは妊娠率も上がるので、子供を望まない場合は必ずアフターピルが必要になる。しかし抑制剤を発情期前に服用すれば抗えない発情期を多少抑えることができるので、オメガでもそこまで生きづらいような状況は昔に比べて起きていないが、オメガはそんなハンデもあり、その期間は仕事も休まなければいけないので社会的地位は低く、低所得者が多い。 その二つの性には(つがい)契約と言われる結婚よりも重い、神聖な儀式がある。(つがい)さえいればオメガは発情期に(つがい)のアルファにしかフェロモンを出せなくなるので、他の人に襲われる心配はないし、(つがい)以外とは性行為もできない体になる。オメガにとって(つがい)ができることは自分を守ることに繋がる。 そして人口の七割、一般的な性別がベータ。いわゆる普通の人、だからこそ努力次第で上にも下にもいける。 アルファは初めから能力が高く、オメガは初めから能力が低い。そういうハンデがあるが、お互いに秀でたところも劣るところも、(つがい)になれば(おぎな)える。 ベータはある意味、なんにも惑わされないから未来は広がる。フェロモンで人生をダメにする可能性がある二つのバースは、海斗から見たら不運でしかない。なぜ皆がアルファやオメガに憧れるのか謎だった。 そんなこともあり、綺麗と言われる海斗はオメガだろうと期待された。オメガならアルファと(つがい)になる可能性も高く、アルファの(つがい)ができたらこの先安泰だと言われている。 両親共にベータ、ただ隔世遺伝という可能性もあるのでベータ家系でもオメガが生まれることは稀にあるが、アルファが生まれることはない。そこに海斗の美貌が周りにオメガと思わせたらしい。ベータと判明した時の同級生たちのガッカリ加減が半端なかった。オメガなら付き合えたのにと影で言われた時、凄く気持ちが悪かった。 その時の海斗は普通に女の子が好きだった。まだ恋はしたことないが、決して男好きというわけではないのでベータで良かったと思ったくらいだ。 そんな風に過ごしていたある日のこと。 「海斗(かいと)、俺おまえのコト好きなんだ」 「えっ僕も好きだけど、どうしたの? 急に」 中学三年の時に、親友の(そう)がなんの前触れもなく海斗にそんな話をしてきた。海斗は改めてそう言われて驚いたが、爽のことは好きに決まっている。親友だし嫌いだったら一緒にいない。中学一年の頃からずっと同じクラスで、登下校も一緒にして、休日もよく爽の家に遊びに行っていた。 「そうじゃなくて、俺は恋愛感情として海斗が好きだ」 海斗は性別問わず、それなりにモテた。中学三年にもなると、街を歩くとナンパされる。そうするたびに爽が海斗を守ってくれた。しかも女よりも男から声をかけられることの方が多く、美しい女顔のせいでいらない苦労をしてきた。海斗のことを知らない通りすがりの人は、海斗をオメガだとでも思ったのだろう。 海斗は決してゲイではない、ベータの男だから当然女の子の方が好きだった。だが女子に告白されてもその気にはなれない、そんなことが続いていた。 もしかしたら爽もそんな現場ばかり見ていたから、海斗がベータだってことを忘れたのかもしれない。 「へっ、え? 酷いな、親友の性別忘れるなんて。僕ベータだよ? 爽はアルファだから男も範囲内かもしれないけど、あくまでもそれはオメガの子であって、ベータの男は違うでしょ」 「俺はオメガとかべータとか関係なく、海斗が好きなんだ‼ 俺と付き合って欲しい」 いつも余裕な爽が、震えて告白をしてきた。自分たちは来年高校生になる。爽は遠くの全寮制高校に上がり、海斗は地元の高校に行く。もしかして、玉砕覚悟で言ってきたのかもしれない。もしこれを断ったらもう友達じゃなくなる? そんなの嫌だとは思ものの、海斗は爽に恋愛感情は抱いていない。 「ご、ごめん。僕は女の子が好きだから、爽のことはそういう風に思えない。このままずっと友達として仲良くしていきたい」 「じゃあ、アルファだからとかじゃないんだな? 俺のことはどう思ってる?」 海斗は、その返しに驚いた。 「親友だって思ってる。もちろん一番好きだよ」 「じゃあ付き合えるよな?」 「え、ええ!? そこは違うって言ったじゃん」 爽は断りもなく海斗を抱きしめてきた。実は以前からこのくらいのスキンシップはあったので何とも思わず、海斗は条件反射でいつもの癖でぽんぽんっと、爽の背中を叩いた。 爽はその海斗の抱擁返しに驚いたようにビクっとした。そして海斗を離すと、次の瞬間いきなりキスをしてきた。 「えっ、ちょ、やめて」 「どうして? 俺を好きで俺も海斗が好き。相思相愛だろ」 「違う‼ 僕は爽を親友として好きで、んん」 またキスをされた。今度は舌を絡める濃厚なキスだった。海斗は初めての経験で驚いて何もできずただ茫然とそれを受けてしまった。しかもキスをされて、口内を蹂躙されることで、頭がぼうっとしてきて、ただただ流れに任せるだけになってしまった。 「ふっ、気持ちいい?」 「ふえっ、あっちょっ、んん」 一言それを言うために唇を離して海斗の表情を見てから、またキスが始まった。酸欠を起こしそうな強引なキス、でも海斗はそれが嫌ではなかった。自分はいったいどうしてしまったのだろう。体の力が抜けて爽に寄りかかるしかなくなった。爽は海斗を抱きしめて頭を撫でた。 「好きだよ、海斗」 「……うん」 そんな流された感じで始まった二人の交際だった。高校も地元ではなくて、爽の通う全寮制の学校に再度受験させられた。海斗の成績はそれなりに良かったので、見事そこに合格した。家柄的には通えない金額だったが、そこは爽が奨学金制度を利用すれば成績さえクリアできれば利用できると言われ、難なくクリアできたのだった。親もそんな優秀な学校に通えるなら良かったと喜んでくれた。そして爽とは三年間同室で恋人として過ごした。 とても幸せだった。 オメガの生徒も多くいる中、爽は海斗だけに夢中だった。それは学園の誰もが認めるくらいの溺愛で、海斗も親友から恋人に変わったことに何の疑問も持たずに三年間過ごしていた。 爽は全てを海斗に教えた。勉強もだが、性的なことも爽が初めてで全てだった。男に抱かれることに疑問を抱かないわけではなかったが、それが海斗にとっては当たり前になり、爽だからすんなりと自分の中に落とせたんだと思っていた。三年が過ぎ、高校卒業直前にはプロポーズされた。その頃の海斗はもう爽以外考えられなかった。 二人とも同じ大学に合格して、卒業前に二人でお互いの家に挨拶に行くことになった。 寮暮らしを始めてから片時も離れたくないと言われ、ほとんど実家に帰らなかった。久しぶりに家に帰ることとなったのが、結婚報告なのだから海斗は少し照れた。両親には爽と付き合っていることを高校入学前に伝えていたので、二人は結婚には賛成してくれていた。 まずは海斗の家から挨拶に行くことになり、二人で海斗の実家に訪れた。家に入るとそこはいい香りがしていた。なんと弟はオメガと判明したのだった。海斗の三つ下の可愛い弟。海斗はよく綺麗と言われたが、弟はまるで女の子のように可憐に可愛く育った。 そのオメガの香りなのか、久々の我が家はとてもさわやかな香りだ。両親はまだ帰っていなくて弟がひとり家にいた。 そしてその時に、海斗の人生で最悪な出来事が起こった。
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