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「お兄ちゃん?」
「ただいま、陸斗‼」
海斗が家に入ると弟が出迎えた。そして隣にいる恋人の爽を紹介しようと思った矢先、爽も弟の陸斗も時が止まったかのように、固まってお互いを凄い目で見ていた。
海斗にはこの一瞬で、いったい何がおこったのかわからなかった。
そこからは猛スピードで物語は進んだ。陸斗が苦しそうにうずくまると、たちまち甘い香りが充満した。その香りを嗅いだ時、海斗は「これは、まさかヒート?」と瞬時に判断できた。ベータでもオメガがヒートの時は香りくらい感じ興奮作用も出るらしいが、アルファはその比ではない。
爽がラットと言われるアルファ特有の興奮を起こしたらどうしようと、海斗がそう思った瞬間、隣に立っていた爽が動いた。
「俺の……俺の運命‼」
「ぼ、僕の運命? はっ、はあ、あっ」
海斗は立ち止まるしかなかった。二人は運命とお互いにそう言った。そして海斗の存在などそこには初めからなかったかのように、爽は陸斗を抱きしめキスをする。
「ふっ、ふわっ、んんん」
「名前は?」
「り、りくとっ」
「可愛い名前だ。部屋はどこ?」
「あっち、あん」
二人は陸斗の私室に消えていった。
「なに、これ」
陸斗はひとりその場に取り残され、貧血を起こし、しゃがみ込んで呆然とした。
小さい家では防音などもなく、すぐに二人が交わる声が聞こえてきた。陸斗の聞いたこともないような甘える喘ぎ声、そして爽の「愛している」という言葉。海斗に散々言っていた言葉を出会ったばかりの弟に、そう言っていた。
海斗はいまだ動けず、そこに帰ってきた両親が何事だと騒ぎ立てた。二人は陸斗の部屋でセックスをしていると海斗は言った。急いで父親が部屋を開けると、爽のアルファの威圧でベータの父では部屋を閉めるしかなかった。父親は獣のようなアルファに睨まれ、動けなくなったと言っていた。海斗たち三人はリビングでコトが終わるのを待つしかなかった。海斗は泣きながらも、その時起こったことを両親に伝えた。
そして二人の情事が終わったのか、乱雑に服を着た爽が部屋から出てきた。
運命に出会って強制的に発情が終わったのか、それとも初めての行為で疲れ切って動けなくなって倒れたのかはわからないが、陸斗だけは部屋を出てこなかった。
「すいません。陸斗は俺の運命の番で、番契約をしました」
「あああっ、そ……そんなぁ‼」
母親が泣き崩れた、そして父親が母親を抱きしめた。
「海斗、すまない。俺は陸斗を愛している。運命なんだ、許してくれ」
「……」
海斗は言葉を一言も発することができなかった。
「悪いがいったん帰ってくれ。君は海斗を嫁にもらいに来たはずだ。それなのに海斗の前で陸斗に手を出した。そもそもあの子はまだ子供だ、それなのに番だなんて受け入れられない」
「陸斗を俺に下さい、苦労をさせません。一生養います、俺との結婚をお許しください!」
その言葉は、今日親に言うセリフだった。結婚相手は陸斗ではなく海斗だったはずだったが、そこだけが弟の名前に変わった。プライドの高いアルファがベータの親の前で土下座をしたのを見て、爽は本気だと海斗には痛いほどわかってしまった。
そして陸斗が毛布をかぶって出てきた。その姿を見た海斗は気持ちが悪くなった。それはいかにも……な事後の気だるい姿だった。
「陸斗‼ ダメだろう、まだ体辛いんだからベッドに戻ろう」
すかさず爽が陸斗に歩み寄り、支える。陸斗は爽を見上げてほほ笑む。まるで何年も前から付き合っていたかのような信頼感。
「爽さん、ううん。僕からもお願いしないと‼ お父さん、お母さん、僕爽さんが好き、一生一緒に生きていきたい、結婚ゆるしてください。お兄ちゃん、ごめんなさいっ、僕と爽さんはもう番になっちゃったの、だから爽さんとの結婚は諦めて、おねがいっ」
泣きながら兄に縋る陸斗を見た海斗は、「この子はいったい誰? 本当に僕の弟? 僕の結婚相手を寝取ったオメガ」そういう風にしか見られなかった。
すると父親が陸斗を海斗から引き離した。
「とにかく、陸斗は母さんと一緒に風呂へ行きなさい。爽君、番になった以上は責任を取ってもらうが、君の相手は陸斗ではなく海斗だったはず。君の犯した罪を考えると、今すぐになんの返事もできない。とにかく今日は帰ってくれ」
「……わかりました。また明日来ます。海斗……」
爽は何を想って、自分に触れようとしたのだろうか。海斗はすかさず後ろに下がった。涙で前が見えない、声も出ない。父親が海斗を抱きしめてくれた。
「とにかく、帰りなさい」
「……はい」
そう言って爽はひとり、家から出ていった。
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