790人が本棚に入れています
本棚に追加
陸斗は番になったばかりに爽と引き離され、毎日荒れていた。兄の婚約者を寝取ったことは全く気にしていない様子だった。ただただ初めての恋に浮かれていたのが、家族のだれが見ても明らかだった。父親は海斗を想うと陸斗の番を認めていいのか悩み、毎日訪ねてくる爽を追い出した。
海斗はというと、何もできなくなり、まるで廃人のようになった。
海斗はただ陸斗と同じ家にいるのも、毎日のように爽が訪ねてくるのも耐えられなかった。陸斗は次第に海斗を責めるようになった。自分が番なのに、お兄ちゃんのせいで番と引き離されたと……。
海斗は弟から責められることも、両親から哀れな人を見るような同情も全てが嫌だった。食事は喉を通らなくなり一気に痩せた。そして生きていることに限界を感じ、キッチンにある果物ナイフを手に取ってそれをじっと見ていたところを母親に見つかった。
母は自殺かそれとも弟を殺そうとしているのか、きっとどちらも想像したのだろう。両親は兄弟のためにも同じ家に置いておくのは良くないと判断し、叔父夫妻の家に海斗を預けた。
その時の両親の対応は、海斗を守るためだったのかもしれないが「自分はいらない人間」そう海斗は思うようになり、そこでも自己否定感はどんどんと強くなっていった。
爽はどうやって陸斗を手に入れるかで精一杯なのだろうが、爽からは海斗に一切の連絡もなく、謝罪もなかった。
あまりの海斗の落ち込みように見かねた叔父夫妻が、知り合いの写真家を紹介し、気分転換に写真撮影の手伝いをしてこいと海斗に言った。昔から海斗が写真を好きなことを、叔父は知っていた。海斗はもう高校には行けなかったが卒業は確定していたので、学校には両親が事情を話し、通学しなくても済むように手配した。
撮影の手伝いなどをするうちに、海斗は少しずつ外に出られるようになった。両親は決して海斗を放置したわけではなかった。その証拠に、海斗に陸斗を合わせるのは得策ではないと考え、二人は入れ違いに毎日、海斗に会いに来ていた。
そこで、自分はまだ両親に愛されていると思うようになっていった。
そんなある日、陸斗の妊娠が発覚した。
発情期でしかも運命同士、避妊しなければできるに決まっていた。両親もあの時そんなことも頭に浮かばないくらいに参っていたのだろう。ただ番ができたのではなくて、三年付き合った長男の結婚相手が、次男と一瞬で永遠の愛を誓ったその現場に居合わせたのだから。
仕方なく両親は陸斗を爽に預けた。陸斗の年ではまだ入籍はできないが、同棲を始めたと海斗は聞かされた。だから家に戻ってこないかと言われが、もう無理だった。あの二人が愛を誓った部屋があるあの家には……。
海斗の叔父が紹介してくれた写真家は、その時ちょうどイギリスで仕事が決まり、いい機会だから一緒に行こうと誘われた。向こうの大学に入りなおし、そして一から始めようと……海斗はそれに頷いた。
あれから日本への実家には一度も帰っていない。もちろん両親とはたまに電話をするが、弟のことも爽のことも知りたくなかった。どうしたって両親には初孫なのだから、陸斗の子供は可愛いはずだ。
自分に気を使わせているのもわかるから、海斗からはよほどのことがないと連絡はとらなくなり、いつしか両親からの連絡も受けつけなくなってしまった。
海斗の親代わりをしてくれた写真家は、そのままイギリスにいて今でも家族みたいに接してくれて食事をしに行く仲だった。初めこそ一緒に暮らして海斗をサポートしてくれたが、海斗は言葉も覚えて学業もこなせるようになり、イギリスの生活に慣れてひとりで暮らせるほどになった。あれから彼にも家族ができて今は一緒に暮らしていないが、それでも今ではこの人が海斗の親だと思えるくらいになっていた。
陸斗と海斗なら、両親も十代で妊娠した陸斗をサポートするしかない。いつまでたっても過去のトラウマから抜け出せずにいることになるのは嫌だった。だからもう自分とは連絡を取らないで欲しいと言い、両親との連絡を絶った。
そして海斗はイギリスで在学中にモデルにならないかと声をかけられ、今に至る。
爽と中学で出会い三年間友人として過ごし、高校に入る少し前に恋人となり三年後に裏切られた。そして海斗に残ったのは、この疼く体だけだった。イギリスにきて女性と付き合おうと思ったが、その時初めて自分の本質を知った。
海斗は流されて爽と付き合っただけで、決してゲイではないと思っていた。相手が爽だから付き合っただけで、男に興味なんてないと思っていた。
だが実際は男にしか欲情しないし、あまりにひとりきりの期間が長くなると後ろが疼きだした。
やっと全てを忘れ前向きに生きようと思った矢先に、また過去を思い出す。爽に開発された、この体が憎かった。
海斗はイギリスでも美しいと言われる顔だったので、凄くモテた。試しに声をかけられた男とベッドに入ると、それは最高に気持ちが良かった。その時だけは爽を忘れられた。それは麻薬のようなもの。そこから声をかけられればベッドを共にした。だが真剣な付き合いだけは絶対にしなかった。もうあんな思いは二度としたくない、恋人じゃなければ裏切られたとも思わなくて済む。一晩、もしくは体だけの相手を常に求めるようになった。
あれから四年、もういい加減に過去から解放されたいと願いながらも、恋の一つもできなかった。そしていまだに体だけの相手を探している。そんな日々を過ごしたバチがあたったのだろうか。まさか自分と同じような経験をした人と出会うことになるなんて……。
久しぶりにあの時のことを思い出し、また失敗をしそうになった。今はこの仕事しかない、ここで自分の存在価値を高めなくてはいけない、絶対に日本になんか帰らない‼
そう思い、海斗はまた類を思い出していた。
彼はなにか吹っ切れているようで、海斗は久しぶりに人に興味が出てきた。いつまでもこんなふらついていてはいけないと、海斗自身ずっと思っていた。だから彼に聞きたい。そのトラウマをどうやって克服したのかを……。
ただそれだけだった。
最初のコメントを投稿しよう!