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4 類というアルファ
あのビリーの突然の発表から数日たった今日、撮影前の打合せをしたいということで、関わるスタッフが全員招集された。もちろんそこには類もいた。
海斗たちは、スタッフから撮影スケジュールとコンセプトを知らされた。海斗にとって、それはとても重要で撮影前には必ず確認していた。そうでなければバースなんて演じられない。役作りのために撮影前の行動が決まるのだから。
またもやビリーが自ら会議に参加していた。今日は撮影ではなく、打合せなのでラノキリア本社での集まりだったこともあり、ビリーもいたのだろうと海斗は簡単にそう思っていた。そしてビリーからも話があったとき、これはビリーの本気の会議だったのだと海斗は知ることになった。
「撮影は二種類、もちろん当初の予定通りアルファ×オメガのこの間の時計の広告だけど、今回は別バージョンということで番契約をする二人というテーマでいく」
打ち合わせのテーブルには、前回撮影で使用したお揃いの時計が並べてある。前回は初々しい二人を演出したが、発表する商品は同じ時計で今度は艶かしい二人を演出するらしい。スタッフ達は皆、楽しそうにビリーの話を聞いていた。
「今回新たに、もう一つ思いついたんだ‼ 悪いけど撮影を追加するよ。番契約前のこれから初めての交わりをする二人の姿。それにはラノキリアの宝石を使ったオメガ用カラーと、お揃いの宝石をkaiの腕にもつけてもらう。ルイは宝石を着用せず、今回はただの相手役をしてもらうだけになる。これはあくまでもオメガの身に着ける宝石とkaiが主役だ」
「ふ――ん」
「あの時のカラーは今でも飛ぶように売れているんだ。kaiの細い首にあの宝石は最高だったな、それとお揃いのブレスレットを密かに作っていたんだ。それを今度販売しようと思ってね、今回思い切ってそれも新作で出すことにした」
「そういうの、番の予約しているアルファって好きそうだもんね」
海斗とビリーの会話を、周りのスタッフも嬉しそうに聞いている。今回の新作発表は、ラノキリア社員も職人達もかなり盛り上がっている。
そして世の中のほとんどはベータであり、密かに番に憧れる人は多い。番はアルファとオメガだけを喜ばせる題材ではない。ベータには夢物語だからこそ、人気なのだ。そして人口のほとんどはベータ、彼らを喜ばせることはすなわち市場が潤う。一定数のアルファももちろん大事だが、それ以外の富裕層を喜ばせるには番契約のドラマは必須ということだ。
「kaiの魅力で、またラノキリアの宝石が売れてしまうな。それにルイが加われば最高だ‼」
「ビリー、俺のことは買いかぶりだよ」
類が謙遜した。そんなこと絶対ない……と海斗は強く思った。アジア人の海斗にはやはり類というアジア人がしっくりくるし、今までのどの相手役よりもいい雰囲気になるのは間違いない。
ビリーはにっこりと笑った。
「時計の撮影は番契約後の二人をテーマにする。ラノキリアの宝石をベッドにちりばめて、乱雑に配置、アルファによって一つ一つの宝石をはぎ取られて最後に身に着けているのは、お揃いの時計一つになるというシナリオだ。明らかに事後を演出したいからkaiにはその日、噛み跡を作ってきてもらいたい。体中にキスマークと肩周りに噛み跡、さすがにバースを秘密にしているからうなじの噛み跡はだめだよ」
「ちょっと、待って。kaiに作ってきてもらいたいって、それって実際に付き合っている人にお願いするの?」
そこで類が話を中断した。
海斗たちにとっては当たり前の会議であり、海斗がセフレとそういうことしているのはここにいるみんなは知っていることだった。改めておかしなことをしていると日本人の類はそう思ったのだろう。そこでビリーが笑顔で恥ずかしい説明をした。
「kaiはオメガを演じる時は前日にいやらしいことをするんだよ。そうすることでkaiの魅力が最大限に引き立つ。僕たちの中では有名だけどね。明日はまだ契約前のオメガを演じてもらうから、三日後の契約後のオメガを演じる時は、kaiいつものように用意しておいてね」
「りょ――かい!」
海斗はいつも通り返事をし、そこで会議は終了した。みんなが片付けをしているところ、海斗は類に呼び止められた。
「カイ、ちょっとこの後に話できない?」
「ん? いいけど」
ちょうど海斗も類には興味があったので、二人は近くのカフェに行くことになった。
「間違っていたらごめん。カイはベータだよね?」
「さすが類、わかるんだ? この業界はアルファもオメガも抑制剤飲んでいるから案外わからないことが多いんだけどね、実際に寝たらバレるけど」
「そ、そうなんだ、ぶしつけにごめん。そうじゃなくて、そのさっきの話って撮影前にアルファに抱いてもらうってことで合っている?」
「うん、多分そうなるかな」
類は気まずそうに言葉を続けた。以前に、海斗は撮影前に抱いてもらうという話をアマンダがしたこともあったので、ベータでも受けということを理解したのだろう。今時、同性愛者など珍しくないと思うが、類はそこに気を遣って気まずそうに話してきたのだろうかと海斗は感じた。
「ベータのカイを抱くくらいなら、そのアルファの彼女? 彼氏? よっぽど執着しているんでしょ。それなのに撮影とはいえ他のアルファが密着して大丈夫なの?」
「ああ、僕は男性が好きだから彼女はいたことないよ。それに恋人は作らない主義だから、体を合わせるだけの知人がいるだけ。大丈夫だよ、彼らも俳優やモデルとかで有名人だから人一倍相手には気を付けて、性病検査もクリアしているから。類は潔癖? こんな僕とモデルをするのが嫌なら、類からビリーに断ってくれないかな? 僕は雇われているからノーは言えないんだ」
類は慌てて否定してきた。
「そうじゃなくて、俺はアルファの相手がいる人とは触れ合うのが苦手で。ほら、アルファってフェロモンでマーキングとかするでしょ? もしカイの彼氏が誤解でもしたらカイに迷惑かかるし、俺カイと仕事でも触れ合ったら、多分興奮してアルファのフェロモン出ちゃう気がして……」
「……」
――なにそれ、可愛い。可愛すぎる、この人ほんとにアルファ!?
以前にも撮影の時に照れた顔したことがあったのは、演技なのか本当の類なのかわからなかったが、この一瞬で、これが本当の類だと海斗は確信してしまった。
「ご、ごめん。引いたよね? やっぱ俺にはモデルは務まらない! この間もカイと触れ合ってドキドキしちゃって、仕事だとしてもこんな美人は俺にはちょっと……。ビリーには俺から断り入れておくよ」
「待って‼ 引いてない、ちょっとびっくりしただけ。こんな王子様みたいな見た目で純情なコト言われると思わなかったから嬉しいよ。僕のことそこまで褒めてくれるのは悪い気はしない。そういうことなら僕にフェロモンでもなんでもかけてくれていいよ、それに嫉妬して狂うようなアルファは僕の周りには居ないから大丈夫‼」
類は少し困った顔をしながらも、照れた顔で握手を求めてきた。
「だったら、わかった。カイがそれでいいなら、いい作品作ろう」
「うん、よろしくね」
海斗はいつになく乗り気になり、類の手を握った。
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