3話

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車を駐車場に停めて、誘導されるまま歩くこと数分。課長が足を止めたのは、高級感ある外観の店の前だった。 「――ここに入るんですか?」 「ああ」 「でもここ……」 見た感じ女性物しか置いてないアパレルショップなんですけど? 「入るぞ」 躊躇なく店内に入る課長の後を戸惑いながら追いかける。 中に入ると、やっぱりメンズは置いてないように見えて、ますます困惑した。ここに何の用事があるんだろう……? ――あ、分かった!きっとあれだ。誰か女性にプレゼントをしたいんだけど、何がいいか分からないから私に一緒に選んで欲しい、みたいな。 こんなおしゃれなお店で選ぶぐらいだし、大切な人に違いないよね。私にプレゼント選びのセンスがあるかは分からないけど、頑張って喜んでくれそうな物選ばなきゃ。 でも……そんな相手がいるのなら、何であの夜私にあんなこと言ったんだろ?課長そんなに飲んでないと思ったけど、あれで結構酔ってたのかな。 もしそうなら、本当にあの日何もなくて良かった。課長も私も、絶対後悔どころじゃ済まない。 今回ばかりは私に色気とかなくて良かったのかもしれない。 ――うん、良かった。良かった、けど……何で、こんなに胸が痛いんだろう。 「どれがいい?」 誰かへの服を選ぶ後ろ姿を眺めていたら、急に振り返った課長に心臓が跳ねた。 「そ、そうですね……えっと、お相手がどんな方か先に教えていただいてもいいですか?」 「お相手? 何の話だ?」 「え? だってプレゼントを選びに来たんじゃ……」 「まあ、プレゼントではあるな」 「相手の好みが分からないとプレゼント選びは難しいので、教えてもらえると有難いなって」 「そうだな。だからお前に聞いているんだが」 「?」 頭の中がはてなだらけだ。 いくら同じ女性でも、流石に知らない相手の好みなんて想像出来ないんだけど。 「えっと……流石に知らない方の好みは分からないんですが……」 「何言ってるんだ? お前のを買いに来たに決まってるだろ」 「……はい?!」 私の?何で!? 「俺がプレゼントしてやるから、好きなの選べ。そのままここで着替えてからデートするぞ」 「へ? いや、あの……」 だめだ。頭の中が混乱してる。 「あの……今日ってデートなんですか?」 「デートに決まってるだろ。それ以外に何があるんだ?」 ……知らないよそんなのー!! え、ていうか何でデート?あんな風にホテルに置いていった女とデートしようなんて思うもの?しかも服をプレゼントまで。 え、本当に何で?訳分からないんですが! 「それで、どれがいい?」 「い、いえいえいえ! プレゼントしてもらうわけには……!」 「どうして?」 「どうしてって……頂く理由がないじゃないですか」 「理由があればいいのか?」 「え?」 不意に、課長が耳元に顔を近付けてくる。 「――俺が贈った服を、後で俺が脱がしたい。それが理由だ」 「へあ……?!」 言われた内容への驚きと、耳元で囁かれた刺激で変な声が出てしまって、慌てて口を手で押さえた。 それを見た課長は、可笑しそうに笑っている。 「……揶揄って楽しんでません?」 ホテルに一人置き去りにしたくせに、そんな事言うなんて。絶対揶揄って楽しんでる。 あからさまにムッとして見せる私に気付いて、課長が笑いを引っ込めた。 「何でそんなに怒るんだ?」 「怒るに決まってるじゃないですか。悪い冗談で部下を揶揄って。課長がそんな人だとは思いませんでした」 「――冗談だと思う理由は?」 「そんなの、課長が一番分かってるでしょう?」 「俺? 全く分からないが」 「……ホテルに置き去りにしたくせに」 私が漏らした言葉が聞こえたのか、課長が目を見開いた。 「抱く気にもならなかった女をそうやって揶揄って楽しいですか? 課長がそんなに酷い人だなんて、見損ないました」 目に涙がじわっと浮かんでくる。虚しくて悲しくて……元カレにフラれた時以上に自分が傷付いてる気がする。 「ちょっと待て。お前何か勘違いしてないか?」 「勘違いなんてしてません」 「いいや、してる。勘違いしてるし、一番大事な所をお前は覚えてない」 一番大事な所? 「あの夜、俺は言っただろうが。酒の勢いだと思われたくない、お前が覚えてないと困るから、また後日改めて時間を作ろうって」 「え?」 そんなの、知らない。覚えてない。 「だ、だったら! 何で私一人だけで寝かされてたんですか? 別に朝まで一緒にいたって――」 「あのまま一緒にいたら、俺が我慢出来ずに手を出しそうだったんだよ。寝かせるのに上着だけでもと思って脱がせてやったら、ふにゃふにゃした笑顔で俺に抱きついてきたの覚えてないのか?」 「そ、そんなことしてませんっ」 「したんだよ。あの瞬間、朝まで抱き潰してやろうかと本気で思ったの、お前知らないだろ」 「抱き潰す……!?」 この人はなんて事を言うんだろうか。驚きと恥ずかしさとで、開いた口が塞がらない。 「抱く気にならなかった女? 言っとくが、お前があんなに酔ってなければ、俺は間違いなくあの日お前を抱いてた。朝まで離さなかった自信だってある。色気がないなんて、お前の元カレが不能だっただけだろ。そうじゃなかったら、あんなお前を見たら誰だって抱きたくなる」 「課長……」 「でも駄目だ。これから先、俺以外にあんな顔を見せるのは許さない」 はっきり分かる独占欲。それが、こんなに心地良いと思えるのは…… 「――どうして、駄目なんですか?」 「そんなの決まってるだろ」 あの朝、課長に置いていかれたと思ってショックだったのも、さっきあんなに悲しかったのも、きっと―― 「お前のことが好きだからだ」 私が、あのバーで課長に惹かれたからだ。
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