2話

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猛ダッシュで自宅へ帰ったお陰か、何とかギリギリ出社時間に間に合った。 ホテル代はどうやら課長が払ってくれていたみたいだけど、男としての義務感なのか、はたまた上司としての温情なのか……何にしても、抱く気にもならなかった女の為にお金を出させるのはこっちも嫌だから、朝一で全額返そう――そう思っていたのに。 「課長、朝一会議か……」 タイミングが悪すぎる。 こういうのは、気持ちに勢いがある時にやっておきたいのに。じゃないと、またグズグズ考え初めて課長と顔を合わせるのがしんどくなる。 気にしないでおこう、忘れようと思っても、気持ちなんてそんなにすぐにはどうにもならない。 「はあ……」 「どうした? 朝から溜め息とか吐いて。珍しいじゃん」 「あ、いや……何でもないよ」 「もしかして、また飲み過ぎたとか?」 「いつも飲みすぎてるみたいに言わないでくれる?」 隣の席の同僚男性とこうやっていつも通りの会話をしていると、昨日の夜の事が全部夢か何かだったのかも、という気分になってくる。 でもやっぱり、元カレの事も課長の事も現実なんだよね……元カレのことは置いておいても、課長のことは夢であって欲しかったな。 「――本宮。ちょっと来てくれ」 「え? あ、はい」 いつの間にか会議から帰ってきていた課長が、フロアの入り口から私を手招きしている。 課長の顔を見たら、今朝何事もなく1人寝かされていたことを思い出して、少しだけ胸が痛んだ。 いけないいけない。今まで通りの対応しなきゃ。私が変に反応しちゃうと、課長だって気まずいだろうし。 「――何でしょうか?」 「……何か怒ってるか?」 「いえ、別に怒ってはいませんけど」 今まで通りを意識しすぎて変に力が入っていたのか、怒っていると思われたらしい。 怒るつもりなんてない。ただ、尊敬している上司にまで女として否定されたのが、虚しくて気まずいだけ。 「それならいいんだが……お前、明後日の土曜日何か予定入ってるか?」 「土曜日ですか? いえ、特に何も予定はないですが」 「そうか。じゃあそのまま開けておけ。9時に迎えに行く」 「分かりました」 課長と2人とか気まずいけど……仕事だし仕方ないか。 課長も今までと変わらない感じだし、これってきっと、昨夜のことはお互いに忘れようってことだよね。 変に蒸し返されてもどんな反応すればいいか分からないし、謝られたりでもしたら逆に傷つくし……これはこれで有難いかも。 ――そう。私はこの約束を、仕事だと思っていた。 今までも何度か休日に接待で駆り出されていたし、その時に課長が車で態々迎えに来てくれる事もあったから。 だから、仕事なんだろうと全然疑わなかった。 なのに――。 「――お前、何でスーツなんだ」 「だって今日仕事なんじゃ……」 約束の土曜日。10分前に、マンション近くのいつもの駐車場で課長を待っていたら、車から出てきたのはスーツではなく――今まで一度も見たことない、私服を着た課長だった。
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