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車を駐車場に停めて、誘導されるまま歩くこと数分。課長が足を止めたのは、高級感ある外観の店の前だった。
「――ここに入るんですか?」
「ああ」
「でもここ……」
見た感じ女性物しか置いてないアパレルショップなんですけど?
「入るぞ」
躊躇なく店内に入る課長の後を戸惑いながら追いかける。
中に入ると、やっぱりメンズは置いてないように見えて、ますます困惑した。ここに何の用事があるんだろう……?
――あ、分かった!きっとあれだ。誰か女性にプレゼントをしたいんだけど、何がいいか分からないから私に一緒に選んで欲しい、みたいな。
こんなおしゃれなお店で選ぶぐらいだし、大切な人に違いないよね。私にプレゼント選びのセンスがあるかは分からないけど、頑張って喜んでくれそうな物選ばなきゃ。
でも……そんな相手がいるのなら、何であの夜私にあんなこと言ったんだろ?課長そんなに飲んでないと思ったけど、あれで結構酔ってたのかな。
もしそうなら、本当にあの日何もなくて良かった。課長も私も、絶対後悔どころじゃ済まない。
今回ばかりは私に色気とかなくて良かったのかもしれない。
――うん、良かった。良かった、けど……何で、こんなに胸が痛いんだろう。
「どれがいい?」
誰かへの服を選ぶ後ろ姿を眺めていたら、急に振り返った課長に心臓が跳ねた。
「そ、そうですね……えっと、お相手がどんな方か先に教えていただいてもいいですか?」
「お相手? 何の話だ?」
「え? だってプレゼントを選びに来たんじゃ……」
「まあ、プレゼントではあるな」
「相手の好みが分からないとプレゼント選びは難しいので、教えてもらえると有難いなって」
「そうだな。だからお前に聞いているんだが」
「?」
頭の中がはてなだらけだ。
いくら同じ女性でも、流石に知らない相手の好みなんて想像出来ないんだけど。
「えっと……流石に知らない方の好みは分からないんですが……」
「何言ってるんだ? お前のを買いに来たに決まってるだろ」
「……はい?!」
私の?何で!?
「俺がプレゼントしてやるから、好きなの選べ。そのままここで着替えてからデートするぞ」
「へ? いや、あの……」
だめだ。頭の中が混乱してる。
「あの……今日ってデートなんですか?」
「デートに決まってるだろ。それ以外に何があるんだ?」
……知らないよそんなのー!!
え、ていうか何でデート?あんな風にホテルに置いていった女とデートしようなんて思うもの?しかも服をプレゼントまで。
え、本当に何で?訳分からないんですが!
「それで、どれがいい?」
「い、いえいえいえ! プレゼントしてもらうわけには……!」
「どうして?」
「どうしてって……頂く理由がないじゃないですか」
「理由があればいいのか?」
「え?」
不意に、課長が耳元に顔を近付けてくる。
「――俺が贈った服を、後で俺が脱がしたい。それが理由だ」
「へあ……?!」
言われた内容への驚きと、耳元で囁かれた刺激で変な声が出てしまって、慌てて口を手で押さえた。
それを見た課長は、可笑しそうに笑っている。
「……揶揄って楽しんでません?」
ホテルに一人置き去りにしたくせに、そんな事言うなんて。絶対揶揄って楽しんでる。
あからさまにムッとして見せる私に気付いて、課長が笑いを引っ込めた。
「何でそんなに怒るんだ?」
「怒るに決まってるじゃないですか。悪い冗談で部下を揶揄って。課長がそんな人だとは思いませんでした」
「――冗談だと思う理由は?」
「そんなの、課長が一番分かってるでしょう?」
「俺? 全く分からないが」
「……ホテルに置き去りにしたくせに」
私が漏らした言葉が聞こえたのか、課長が目を見開いた。
「抱く気にもならなかった女をそうやって揶揄って楽しいですか? 課長がそんなに酷い人だなんて、見損ないました」
目に涙がじわっと浮かんでくる。虚しくて悲しくて……元カレにフラれた時以上に自分が傷付いてる気がする。
「ちょっと待て。お前何か勘違いしてないか?」
「勘違いなんてしてません」
「いいや、してる。勘違いしてるし、一番大事な所をお前は覚えてない」
一番大事な所?
「あの夜、俺は言っただろうが。酒の勢いだと思われたくない、お前が覚えてないと困るから、また後日改めて時間を作ろうって」
「え?」
そんなの、知らない。覚えてない。
「だ、だったら! 何で私一人だけで寝かされてたんですか? 別に朝まで一緒にいたって――」
「あのまま一緒にいたら、俺が我慢出来ずに手を出しそうだったんだよ。寝かせるのに上着だけでもと思って脱がせてやったら、ふにゃふにゃした笑顔で俺に抱きついてきたの覚えてないのか?」
「そ、そんなことしてませんっ」
「したんだよ。あの瞬間、朝まで抱き潰してやろうかと本気で思ったの、お前知らないだろ」
「抱き潰す……!?」
この人はなんて事を言うんだろうか。驚きと恥ずかしさとで、開いた口が塞がらない。
「抱く気にならなかった女? 言っとくが、お前があんなに酔ってなければ、俺は間違いなくあの日お前を抱いてた。朝まで離さなかった自信だってある。色気がないなんて、お前の元カレが不能だっただけだろ。そうじゃなかったら、あんなお前を見たら誰だって抱きたくなる」
「課長……」
「でも駄目だ。これから先、俺以外にあんな顔を見せるのは許さない」
はっきり分かる独占欲。それが、こんなに心地良いと思えるのは……
「――どうして、駄目なんですか?」
「そんなの決まってるだろ」
あの朝、課長に置いていかれたと思ってショックだったのも、さっきあんなに悲しかったのも、きっと――
「お前のことが好きだからだ」
私が、あのバーで課長に惹かれたからだ。
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