景気付け

　テレビに大伯父が出たことがある。お笑い芸人が母校を訪問した際、校長として応対した。当時は担任の先生でしたよ！　僕のこと覚えてますか!?　と身を乗り出されるも、「いやさっぱり。俺は成績いい奴と剣道強い奴しか覚えねぇから」と笑っていた。
　この発言からも察せるように、放胆で、そして剣道が好きな人物である。
　大伯父から聞いた若かりし頃の話。彼は剣道の大切な試合を控えていた。
　当日の朝。防具と竹刀を担ぎ、さて行くかという玄関先、母にコップを手渡された。勝てるように、これを飲んで精を付けていけと言う。中を見れば、生卵が五つ割って入れてある。
　そんなものはついぞ口にしたこともなかったが、母が言うならばと従順に飲み干した。すると、精が付くどころか盛大に腹を下してしまった。
　生卵と相性が悪い体質だったのだろう。会場に着いてもなお、繰り返し便所に入り、ふらふらとして、立っているのもやっとという状態。
「そっか……。じゃあ、試合は出られなかったんですね」
「いや？　優勝した」
　強ければどうとでもなる。
　それでも、以降数十年間、生卵だけは避けているとのことだ。