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Blue, Blood, Rainy Monday
月曜の朝。雨。一際重い、生理痛。
魔の交差点で立ち往生した気分だ。
有休をもらおうか散々迷い――結局、雨の中に踊り出た。目と鼻の先にぶら下げるニンジンを、特に思い描けないまま。
今シーズン、楽しみにしていたドラマがあった。でも録画が面倒で何もしていない。心が凝り固まって、どこにも動かない。
我が広報部は、3年ほど前に掲げた「テレワーク推進企業」の看板を背負っているつもりなのか、随一の在宅勤務率を誇る。
だからこそ、社歴8年目にして最年少の私がただ一人、「電話番」として出社せねばならない。各部員の机に届いた郵送物は、それぞれの家に送り直しているし、他部署の社員からは質問責めに遭う。
自分の仕事はほぼ進まない。この3年、繁忙期でなくても休憩なんかまともに取っていないし、残業が100時間を超えなかった月の方が少ない。
仕事は元々、とても好きだ。出社も残業も苦ではなかった。けれどあまりに環境が変わりすぎている。
上には何度か「皆さんも出社を」、「私もたまにでいいので、在宅勤務させてください」と掛け合ってきたが、その度に「若い内は原則出社」だの「他の部員も直行直帰で現場対応はしている」と、うやむやにされてきた。
埋め合わせなのか、去年、新卒を一人だけ採用してはくれた。一か月で辞めたが。
"その日"のことは忘れない。彼女は出社して早々、「生理痛が重く、申し訳ないが早退したい」と、青白い顔で申し出てきた。そこで、在宅勤務中の部長に取り次いだのだ。
当時の部長(去年、定年退職した)は渋々、許可を出した。そうして新卒が帰宅した後、私にこんな個別チャットを寄越した。
「早退許可しました。とはいえ、根性無さすぎだろう。妊娠しないんだから、卵子の無駄遣いってだけだよな」
セクハラ、パワハラ、モラハラのトリプルアタックで、一発レッドカードだ。あの日ほど「部長が在宅でよかった」と思ったことはない。
しかも部長は、私以外にも同じことをグチろうとしたらしく、誤ってそれを、部内全員が見られるグループチャットに投じた。
すぐ削除されたが、新卒は翌日から来なくなった。人事へ直接、退職の申し入れがあったという。生理が来るたび思い出す記憶だ。
同じ理由で休めば陰口を叩かれるかも。
強迫観念だけで一日も欠かさず、会社や取材現場までたどり着いてきた。だがそれも、今日で最後になるかもしれない。
「人身事故」
駅に駆け込むと、電光掲示板にその文字があった。運転再開見込み時間は不明。
単線で、各停しか止まらないから、バスかタクシーで隣駅に行くしかない。
だからこれまでなら、痛む腹を押さえてロータリーへ走っていたはず。
でも今日は、。先に飛んだ誰かが羨ましくて。
人であふれる改札前を抜け、がらんとしたホームへ降りる。端まで進んでから、黄色い線より前へ。吸い込まれるようだ。
脳内シミュレーション。
次、電車がホームへ入ってきたら、
「運転再開したら、うまく飛び込めそうですか?」
真隣から、そう問われる。思わずのけ反る。
右横を見ると、スーツ姿の小柄な女性が立っていた。おかっぱで、目が糸みたいに細い。菊人形みたい。
そもそも、足音が聞こえなかった気がする。不気味だ。
心を見透かされたようで怖いし、何より後ろめたい。
慌ててホーム中腹まで戻る。女性がついてくる音が、今になって聞こえる。足がついているなら死神じゃない、たぶん。
「吸い込まれそうでした?」
「……」
「どこか、遠くへ行きたいですか? 会社じゃないところなら、どこでもいいですか?」
「さっきから何なんです!」
振り向きざまに怒鳴る。
女性は驚く様子もなく、言い返してきた。
「電車より、簡単にラクになれる方法、ありますよ。痛みもなし」
「そんな都合の良いものが本当にあるなら、見せてみなさいよ!」
さらに怒鳴る。今度ばかりは、女性の動揺を誘ったようだ。糸目の隙間が少し広くなった。黒真珠みたいな瞳と、一瞬だけ交錯する。
我に返る。息がひどく切れていた。肩を上下させ、深呼吸。
鈍い腹痛と同時に、平常心も戻ってくる。
図星を衝かれたからといって、知らない女性相手にどうかしていた。どうせ宗教勧誘の類だろう、無視に限る。
と、思ったのに。
「では、ついてきてください。近くに車を停めてあります」
女性が、改札階へ続くエスカレーターへ向かう。思わず黙ったら、「見せてみろと言いましたよね」と、肩越しに挑発された。
あやしすぎる。合意を取られたら、「誘拐」とは言えない。強姦や窃盗に遭うかも。
いや、何を怯んでいる。今日を命日にする勢いが、さっきまであったくせに!
「怖いですか。やめますか」
「会社に電話するだけです! 休みを取るなら業務引き継ぎをしないと」
スマホを取り出す。完全にヤケだ、認める。
休む理由が――会社に行かない、と決意するための最後のひと押しが得られるなら、なんでもいい。
履歴から、部長の電話番号を引っ張ってくる。スマホを耳に当てた瞬間、女性が「なるほど」と、肩をすくめた。
「これは生きづらいね」
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