Black, Bandage, Somewhere

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Black, Bandage, Somewhere

ここへ来た経緯は、今語った通りだ。 「車に乗ったら目隠しされて、気づいたらここに。寝ちゃうまでに、2時間くらい走ってた気が」 壁も床も天井も真っ黒な空間を見渡す。奥行きが掴みづらいが、小学校の教室くらいの広さ。 窓はなく、出入口は扉ひとつだけ。これも壁と同化していてわかりづらい。 空間の中央に置かれた一本の小さなLEDキャンドルを挟み、私は若い女性と向かい合って座っていた。互いに面識なし。 キャミソールみたいな赤いドレスを着ていて、髪もメイクもボロボロ。ホラー映画でゾンビに追い回されたヒロインみたい。 目覚めた時には、一切の手荷物を奪われていて、時間も場所も不明。 何より、彼女が大パニックだった。こうして話ができるまでに、1時間はかかった。   「みゆうも、同じこと言われてついてきた……歩道橋から道路見下ろしてたら、ヘンな男に声かけられて」 しゃくりあげた後、彼女は「ジンシンバイバイする気なんだー!」と喚いた。 「こわいー! ケントでもレンでもいいから、早くみゆうのこと迎えに来てよぉ! お金作って一番高いボトル入れるからぁ!」 「しーっ、騒ぐと何されるか」 「何って何!? 殺されるの!?」 手がつけられない。もうどうなってもいいから、ここへ来たんじゃないのか。面倒な。 溜め息を吐いた瞬間、部屋の扉がぬっと開いた。 「準備が整いました。担当黒服の案内に従い、ご移動願います」 頭上から機械的なアナウンスが聞こえ、スーツ姿の男女が入ってくる。 みゆうさんは慌てて壁際へ逃げたが、大男にすぐ追いつかれ、抱え上げられた。 「いや!! やめて、死にたくない、帰りたい! ごめんなさい!! お母さん!」 泣き叫ぶ声が遠くなっていく。我に返りそうで嫌だ。痛む腹を押さえ、やり過ごした。 「さあ、行きましょう」 肩に手を置かれる。例の、糸目の女だ。 頷くと、別の黒服が傍らを通りすぎていった。壁に話しかけている。 違う、視線の先にもう一人いるのか! 気づかなかった。 駆け寄ると、小太りの中年男性が申し訳なさそうに微笑んだ。ネクタイまで黒い。単なるスーツじゃなく、喪服か。 「すみません。目覚めるのが遅くて、話しかけるタイミングを失くしてしまい」 「いえ……あの、私は廣原恵紅(ひろはらめぐ)と言います。あなたは」 「名乗るほどの者では。定年間近の、しがない教師です。気にかけてくださってありがとう」 頭を下げ、男性は黒服についていった。何かあったとしか思えない、しおれた口調。 ――何もなければ、ここに来る理由もないか。 「廣原さん」 糸目に急かされ、部屋を出る。 暗いというか、黒い廊下だ。長く歩けそうにないと思ったが、前を行く糸目がすぐに足を止めた。もう目的地に着いたらしい。 壁だと思っていたところが口を開け、薄暗い、殺風景な空間が現れる。 巨大な卵だろうか。よくわからない銀色の球体が一つあり、天井に取り付けられた唯一の明かりに照らされている。 キラキラして、まぶしい。恨めしいくらい。 「ここは、さる研究者が私財を投じて作った施設です。今から、あの中に入っていただきます」 図ったように、"卵"の半分から上が開く。中には一脚の椅子。 さすがに何も感じないわけにいかないか。後悔未満の、未知への恐怖がのたうつ。みゆうさん、今ごろ気絶していそう。 「……小型のガス室?」 「さあ、どうでしょう。あなた次第です」 座るよう指示され、腰を落ち着ける。糸目が、何本もコードがついたヘルメットのような代物を被せてきた。 これから脳死するなら、ほとんどの臓器は使えるはず。人身売買、的はずれじゃないかも。間違いなくここは、非合法の施設だろうから。 同意した覚えはないが、まあいいか。電車に食わせるより役に立つ。 「難しいことは考えずに、リラックス。ラクになりましょう」 言葉に反して、お腹がじんじん痛む。内側から「生きたい」と訴えられるようで、胸まで痛む。 命ひとつ、どう使うか。自分で決めたことなのに、なぜ罪悪感が湧く? 「好き」も「楽しい」も失って、いつまでこんな生活が続くのか、という日々に戻りたくはないだろうに。 「ではグッドラック、そしてポップオフ!」 "殻"が閉ざされる。真っ暗だ。走馬灯は見られないらしい。
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