1人が本棚に入れています
本棚に追加
Bemoan, Baffle, Left behind
ぷはっ!
自分が大きく息を吸った音が、暗闇に響く。
酷い汗をかいていた。痛みはないが少し寒く、喉はカラカラ。血の嵐に巻き込まれて死ぬと、こんな感じになるのか――
「お孵りなさい」
闇に亀裂が入り、暖かみのある光が差し込んでくる。人影が一つ見えた。
「……糸目!」
黒服の女と目が合い、思わず叫ぶ。彼女は不愉快そうに肩をすくめ、「失礼な」とぼやいた。
「なんでここに」
「落ち着いて。あなたが今まで見ていたのは夢です。深層心理に潜む悩みや恐怖をもとにした、ね」
「は……?」
「ひとまず出てください。他の被験者と合流します」
ヘルメットを外され、装置から引っ張り出される。
足元がふわふわしているのに、容赦なく「歩いて」と背を押され、ふらつきながら前へ。生まれたての小鹿だ。
部屋を出る寸前、"卵"をかえりみた。今までの全ては、私があの中で見ていた夢? 少女を抱き締めていた余韻まであるのに。
まだ混乱している。どちらが現実だ。
整理がつく前に、最初の空間へ戻ってきた。黒服たちと、ぐったりしている、みゆうさんがいる。最後ではなかったらしい。
私たち二人を見て、糸目は「お待たせしました」と会釈した。
「ご存じの通り、皆さまは、装置の中で夢を見ました。内容は各自で異なりますが、共通して『臨死体験』をしています。その結果『還る』か、それとも『孵る』か……あなたたちは、後者を選んだ。だから再び目覚めたのですよ」
「意味わかんない……! 何なの、信じられるわけ」
「信じるも信じないも、ご随意に」
どういう仕組みなのか質問したが、糸目に、「機密情報につき、詳細は一切ご説明できません」と片付けられた。それなら、
「わ、私たち、これからどうなるの」
盛大に噛んだ。今になって、まともに怖い。
糸目が、意外そうに首を傾げた。
「元いた場所にお送りします。本日のことは、自由にSNSなどに投稿していただいて構いません」
「は……?」
「ただし、自由には相応の責任が伴うと、ご理解ください」
みゆうさんが「おどしてんの」と凄めば、黒服たちは黙って微笑んだ。否定しないのか。
こんな施設、ちょっとでも世間に知れようものなら大事だ。
連れてこられたのが、私たちが初めてじゃないなら、情報が漏れていないことになる。あるいは、"なかったこと"にされたか。
ゾクリとした。
「何でもいいから早く帰して! こんなとこにいたくない!」
「少々お待ちください。ただいま準備を」
「待って。もう一人いたはず、置いていくの?」
元気がなかった、小太りのおじさん。黒ずくめだから、また見落としているのかも。
みゆうさんが、ぽかんとしている。
事情を説明したが、見間違いじゃないかと怪しまれた。むっとする間もなく、糸目が「見間違いではありませんよ」と言い返してくれる。
「ただ、もうここにはいらっしゃいません。お一人だけ、違う選択をしましたのでね」
誰かが、ゴクリと唾を呑んだ。私だったかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!