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序章 英雄の子
「英雄様だ!」
「英雄様がいらっしゃったぞ!」
色とりどりの花びらが舞っている。
沿道からはたくさんの人々が、拍手をして花びらを撒き、歓声を上げていた。
羨望の眼差しが向けられるのは、二台の馬車だ。
先頭を進む一台の馬車の窓から、人々の声援に応えるように手が出てきた。
それだけで、人々は熱狂して歓声の渦となった。
後方を走るもう一台の馬車、その車内で箱が揺れるような歓声を聞きながら、ルキオラは静かに目を閉じた。
「よろしいのですか? ヘルト様は民の期待に応えていらっしゃるようですが……」
ルキオラの従者であるウルガが、困ったような様子でそう問いかけてきた。
必要ならばベールをかけて、窓を開けるのが彼の役目だからだろう。
ルキオラはゆっくり目を開けた。
「……彼らが求めているのは、私ではないから」
そう言ったルキオラは、口にしたことでよけいに虚しい気持ちになって唇を噛んだ。
外から聞こえてくる歓声、それは自分に向けられたものではない。
正確には歓声を上げている彼らも、どちらがそうなのか判断できるわけではない。
ただ英雄様、と呼ばれるモノに向けて、一斉に歓声と拍手を送っている。
どちらが偽者なのか。
今はそんなことはどうでもいいのだろう。
とにかく目の前を通る馬車から、一目でもいい、その姿を見たいと集まっているのだ。
まだ神殿に入ったばかりの神官見習いであるウルガには、やる気のないルキオラのことがどう映っているのか。
困惑したような空気から、彼も長くはないなとルキオラは察した。
ルキオラの従者は一年続いたことがない。
みんな苦い顔をして辞めていく。
憧れの英雄様の従者になれたというのに、ガッカリだったという視線を浴びながら、毎回頭を下げて出ていく彼らを見るのも、もう見飽きた。
「疲れたんだ。少し眠らせてもらう」
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