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変えてくれと頼めば、贅沢だわがままだと言われて、結局何一つ頼んだ通りにはならなかった。
部屋までもう少しだと必死に足を運んでいたら、廊下の反対側から、鏡から抜け出してきたような自分と同じ容姿の者が現れた。
周りにたくさんの神官を侍らせて、ケラケラと笑いながら楽しそうにお喋りをしていた。
「あれぇ、ルキオラ。これから礼拝? さすがに遅いんじゃない? 僕はもう済ませてきたけど」
「いや、今日は略式だけで済ませた。部屋に戻ろうかと……」
「もしかして、また体調が悪いの? みんなに迷惑かけて、本当に困った子だね」
ルキオラの様子をじっと見て、眉を顰めたのはもう一人の英雄様であるヘルトだった。
姿形は同じであるのに、この歳になると二人の違いは明らかになっていた。
生命力に溢れて、明るく輝いているのがヘルト。
いつも暗く沈んでいて、石のように固まった表情しかできないのがルキオラ。
幼い頃は見分けがつかないと言われたが、今では誰が見てもどちらであるかはすぐに分かった。
「君も、大変だね。もし嫌だったら、僕のところに来てもいいんだよ。うちは仕事も楽だし、いつでも歓迎してあげる」
そう言って妖艶に微笑んだヘルトは、ウルガに話しかけてきた。
周りの神官達のこめかみが揺れて、明らかに嫉妬している表情になったのが分かった。
神殿は下働きの女性を除き、基本的に男しかいない環境であるので、同性に恋愛感情を持つことは珍しくない。
特にヘルトは線が細く、女性と見間違うような神秘的な美しさがある。
話術にも優れて人の心を手玉に取ることが上手い。ヘルトが一度微笑めば、誰もが心を奪われてしまうと言われていた。
今までもこうやって、何人もの従者がヘルトに魅了されて、ルキオラの元を去っていった。
ウルガの様子を見たが、ウルガは頭を下げたまま動かなかった。
従者は主人といる時、許可がなければ他の人間と会話をしてはいけない。
ウルガは思っていたより真面目な男のようで、それを忠実に守っていた。
「ふーん、今度のはよく躾ているね」
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