見えてる世界と見えない世界

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ある日の平和な朝に、ことは起こった。何も考えずに改札に定期を通し、雨で濡れた階段を駆け下りたときに駅員の声が聞こえた。ここよりも前の駅で人身事故が起きたのだそうだ。この時は遅刻の言い訳になるのならなんだってよかったし、周りの人も迷惑そうにしかしていなかったから気にも留めなかったが、人身事故はどうやら人が死んでいるらしい。駅にいた男子高生が話しているのが聞こえた。 「死ぬのなら誰にも迷惑をかけずに勝手に死ね。線路に飛び込むな。」 ぞっとした。命は、大切なもの。自殺はダメだけれどかわいそうなもの。だけどそれは、誰にも迷惑をかけないからたぶん成立するのだろう。男子高生が途端にどす黒くて汚いものに見えた。あんなのを同じ人だと思いたくない。それと同時に電車が錆びた赤色に見えた。電車は過失であれなんであれ人を轢いているのだ。線路の復旧のために遺体はどんな扱いを受けたのだろう。たぶん、悪いことではない。けれどその電車に乗れるのはなぜ?そう思ったけれど私は目の前の電車に乗り込んだ。この電車が人を轢いたのかはわからない。過去に轢いたことがあるかもしれない。けれど次の電車になったら朝礼どころか授業にまで遅れてしまう。その人の死の理由など気にも留めていられなかった。私が遅刻しないこと。それだけが大切なんだ。この時、私は自分の中の汚いものの存在を生まれて初めて知った。ああ、私は見えなければいいんだ。聞こえなければ、臭わなければ、目の前でさえおこらなければ関係ないんだ。こんな自分のどす黒くて汚い感情なんて知りたくなかった。こんなものこそ見て見ぬ振りをしたいのに。でも、もう遅い。今まで画面の中で死にたいと言っている人にも何の疑問も持たなかった。死ぬことを匂わせている人になんて何の関心も持たなかった。私の見えないところで死んでしまっても、私はきっと何も考えない。その日の晩御飯も私は平気で食べるし、その人が一生読むことのできない本の数々をなんの苦もなく読むだろう。だって、関係ないから。可哀想、天国で幸せになってほしいなってセリフを暖かくて、明るい部屋で平気で言う。知らない世界を知ったフリして言うんだ。なんの疑問も持たずに!
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