40人が本棚に入れています
本棚に追加
1.
それは、たった二ヶ月ほど前のできごとだ。
駅近の繁華街。灰色の壁一面に様々な色のスプレーで描かれた文字とも絵画ともつかぬもの。人によってはそれをグラフィティアートなどと呼ぶらしいが、そこに何の価値も見出さない私のような人間にとってはただの落書きに過ぎない。
タバコの吸殻と吐き捨てられたチューインガムがそこかしこにこびり付いた薄汚い高架下は、この世界のありとあらゆる淀みの吹き溜まりのような場所だった。
その薄汚れた地べたの寝心地を知っている人間は、少なくとも私、藤ヶ瀬紫乃のような女子大生の中にはほとんどいないだろう。誰も羨ましくなどないだろうが、それを知ることこそが自分のステータスのひとつなのだと私は確信していたし、私にぴったりの場所だと思った。
「ねぇ……もっと、叩いて。痛くして」
私はのしかかる男の薄くなった頭頂部を眺めながら、そうリクエストしてみた。
「へぇ、そういうのが好きなの、変態な娘だなぁ」
男が身体の揺さぶりを大きくする。男は中年で、頭も薄くだらしのない体型をしているが、こうして金に物を言わせて女遊びを繰り返しているのだろう。慣れた手つきで私の身体を反転させ四つん這いにすると、私の丸出しの尻臀を力任せに叩いた。だいぶ冷たくなった秋風が、乱暴にされ熱を持った臀部をすぐに冷やしていく。時々自転車や歩行者がフェンスの向こう側を通過していく。そのたびに私たちは街灯の当たらない暗がりで息を潜めた。
最初のコメントを投稿しよう!