2話

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2話

 家では正直に、鳥を保護したことを告げた。  家族への体裁として鳥かごを買ってきて、学校へ行くときは、ちよりにその中で過ごしてもらう。  治療として翼に手を当てると、彼女はくつろいだ声で「楽になるよ」と言う。いつもは痛い素振りをまったく見せないのが、野生という厳しい世界に生きていることを感じさせた。  エサは、未調理の海鮮類をほぐして与えた。しかし、ちよりが無理をして食べているのが伝わってくる。  そのため、怪我の痛みが取れたところで、休日に鳥かごを下げて川原や海岸へ出向いた。歩き回って食事をとる鳥なので、翼の状態を悪くする心配はない。  彼女は、自然の環境下でエサを食べるほうが生き生きしていた。帰路では、鳥かごの中で満足そうにする。 「おなかいっぱい~」 「野性が失われそうで心配だけど」 「だいじょうぶ」  明るい彼女だが、いちど僕に隠れて泣いていた。 「みんな、ちよりは生きてるよ。わすれないで……」  だから、群れのことは話題にしない。 * * *  ちよりは回復したものの、冬が訪れた。  部屋の温度を一定のあたたかさにし、鳥かごにカバーをかける。彼女は布団に潜り込むことを好んだ。 「あったかいの~」 「鳥が布団に入っていいのかな」  僕はいい顔をしなかったが、エサをやろうと鳥かごを開けると、ちよりはすかさず飛び出してしまう。そして布団でぬくぬくする。  やがて僕は諦めた。 「ヒロのあったかいのが残ってるときがいちばん好き~」 「匂いが移らないように気をつけてる?」 「へいき!」  彼女はときどきニンゲンの姿を取る。  身の回りにある物を手に取って遊ぶのが好きなのだ。お気に入りはシャーペンで、レポート用紙を一枚あげると、絵か字かよく分からないものを書いている。  読み書きはできないが、言葉で教えたことはあっという間に覚えてしまう。  ちよりが鳥だと分かっていても、ニンゲンになると、僕はすこし混乱する。その格好で布団に潜り込んだときは、あわてて引っ張り出した。 「鳥のとき以外は、入るの禁止!」 「どうして?」 「そ、それは……とにかく絶対にダメ!」  キョトンとする彼女を前に、僕はため息をつく。  相手は鳥なのに、いったいなにを意識してるんだ。  まぁ、手のかかる妹みたいなものだ。一人っ子なので兄弟がいる感覚は分からないが、そう考えることにした。 * * *  冬休みが終わって数日たったとき、ちよりは駄々をこねた。 「ヒロがいないと、たいくつなの~」 「僕は学校に行かないといけないから、しょうがないよ。ガマンして」 「やだ、もっと一緒にいたい~」 「そう言われても」  悪い気はしないが困る。  ちよりにとっては、こんなに長い時間、一人ぼっち、もとい一羽ぼっちになることはなかっただろうから、すごく淋しいのかもしれない。  手のひらに乗った彼女が、短いクチバシで袖を引っ張る。 「学校がどんなとこか、見てみたい!」 「ええっ、ペットを連れて行ったら先生に怒られるよ」 「じゃあニンゲンになる」 「翼のついてる女子なんて、学校がパニックになるから」 「怪我が治ったから、いまはしまえるよ」  ちよりがニンゲンに変化(へんげ)した。茶色の翼がなくなっている。見た目は完全に同い年の女子だ。 「怪我のせいで出しっぱなしだったのか」 「どう見てもニンゲンでしょ」 「だけど、どこの誰とも分からない子を連れて行くのはマズイよ」 「だいじょうぶなようにする~」 「ほんとに来る気!?」 「わたし、がんばる!」 「いや、がんばらなくていいよ……?」  僕は、なんとか思いとどまらせようとした。しかし、ちよりが元気のない声でつぶやく。 「群れに戻れば、もうヒロとはいられないもん……」  その言い方はズルイ。僕は、どうにでもなれ、と説得を放棄した。
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