3話

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3話

 翌朝、ちよりはうちの高校のセーラー服を着ていた。けれど、身を縮めて震える。 「さ、寒いよう……」 「やっぱり学校に行くのは無謀じゃないかな」 「でも、ヒロと一緒にいたい」  僕はため息をついて、彼女に言い聞かせた。 「約束して。寒さがつらいって思ったら、そうだな、鳥になって僕のお腹あたりに隠れること。そこなら、あったかいし」 「ついてっていいの?」 「ちよりが無理しないって誓えるならね」  すると、彼女は表情をキラキラさせた。そんな顔をされたら、こっちが折れるしかない。  僕はカイロを渡し、中学のころに使用したダッフルコートを着せ、マフラーを首に巻いた。ちよりが感動する。 「うわぁ、あったかいよ!」 「まったく、コート着てマフラー巻いた鳥なんて前代未聞だよ」 「嬉しい嬉しい、ヒロと学校に行ける!」  かわいい女子の姿で言わないでほしい。僕はつい赤面した。  不思議なことに、ニンゲンのちよりがいても、家族はなにも言わなかった。  学校に行くと、友人に「お二人さん、相変わらず仲がいいねぇ」とひやかされた。彼女が前からクラスにいたような様子だ。  ちよりは、教室のいちばん前の席に座った。もともとそこにいた男子は後ろに移動している。  授業が始まると、彼女は興味津々な表情で教師の話に聞き入った。休み時間になれば、僕の席まで駆けてくる。 「ねぇヒロ、ペルシャってどこにあるの?」 「ああ、イランのことだよ。名前が変わったんだ」 「へぇ~。先生の言ってること、半分くらいしか分からなかった」 「半分も理解できたら、充分スゴイよ」 「授業って面白いね。いいなぁ、ニンゲンは」  僕はちょっと返事に詰まった。学校に通うことを、つい当たり前だと思ってしまうが、そんなのは勘違いだ。 「今日はあと四時間あるよ」 「わぁい、どんな話してもらえるかなぁ」 「ちよりにとって理数系は難しいんじゃないかな。あ、英語はどうだろ」 「わたし、英語しゃべれるよ。でも日本語がいちばん好き!」  とりとめのない話をしていると、チャイムが鳴った。 「次の授業が始まるよ。数学だからがんばって」 「うん、またね~」  跳ねるように席へ戻っていく。ああいうところは鳥らしい、と僕はちょっと笑った。  昼休みでは、友人二人と弁当を広げるのが常だが、この日はちよりも同席した。彼女は昼を食べない。  文字が読めないにも関わらず、僕の数学の教科書をペラペラめくる。 「ヒロの言うとおり、数学は難しかった~」 「せめて算数だったらね」 「みんな、頭いいんだぁ」  彼女が視線を巡らすと、友人たちが照れた。 「ちよりちゃんなら、がんばれば追いつくよ」 「分かるあたりから、尋に教えてもらったらいいんじゃない?」  ちよりが上目遣いでこちらを見た。 「わたしでも理解できる?」 「基礎力を身につければ、たぶんね」 「お勉強って楽しい!」  友人らは微妙な顔になったが、否定するのも悪いと思ったのか、ごまかし笑いをした。 * * *  ちよりは毎日、学校に通った。  体育では、校庭を走った女子がヘトヘトになるなか、一人で平気な顔をしていたらしい。群れがどれぐらいの距離を渡るのか分からないが、年に二回も日本を縦断するほどの体力があるのだ。  芸術はひととおり挑戦して、書道と美術はなにを表現したのか不明なありさま。しかし音楽で歌ったときは、周りを惚れ惚れさせたという。  いちど放課後に歌声を披露してもらったら、澄んだ高音に心をわしづかみにされる思いだった。  ちよりは僕の部屋では鳴かない。迷惑になると分かっているからだ。  エサを取りに出かけたときは、たまにさえずる。きれいな音色で。川原や海辺で聴けば、ひどく気持ちが和む。  本来、人に飼われる鳥ではないが、ちよりは必ず僕のところへ帰ってくる。  彼女は、寒い冬をたった一羽で乗り越えなければならず、どうしても助けが必要なのだ。最近はそう考えると、なぜか胸が痛む。  これだけ一緒にいれば情が移ってしまう、ということを失念していた。  ちよりが鳥カゴの中で眠りについても。ニンゲンの姿でうたた寝しても。その存在は僕にとって、どちらでも変わりない。  彼女は群れを恋しがっている。  なのに僕は、冬が一日でも長ければいいのに、とときおり思った。
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