戻り道は生きる道 帰る道

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「和泉は何をしている時が幸せなんだ?」 「え」 「やりたいことを探すのは結構難しいもんだ。だったらまずやりたくないことをやらない。やりたくないことを引き算していくと、残ったものが勉強や仕事になって、生きる道になるもんだよ」 「私の幸せなことかあ。それだったら答えは一つしかないよ」 「お、すぐ見つかるのはすごいことだぞ? 父さんの部下の一人はいまだに『綺麗なキャバ嬢のオネーサンと結婚することです!』とか言ってるし」 「何それ」 「それで? 和泉がやりたいことって?」 「お父さんのお嫁さん、だったんだけどね」 「はは、幼稚園生の時は毎日のようにいってたな」  幼稚園生の時「は」 その言葉がナイフのように突き刺さる。それと同時に、私の心が決まった瞬間だった。  お父さんのお嫁さんは無理ってわかって思春期の時は荒れた。どうしようもできないんだって。……だから、他の方法を。生きてる世界の常識じゃ無理なら、生きてない世界の常識しかない。  住職さんにはバレてたみたいだ、釘を刺すために話しかけられたんだとわかった。もしかして本当に「見えてる」人なのかな。でも貴重な情報を教えてもらったから説得に使わせてもらった。後追い自殺なんてさせないために。  その程度の言葉で、私の心を変えることなんてできない。  家に着いてお清めの塩を取り出して外の排水溝に流して捨てる。ついでに目薬を出して踏み潰して、その破片も排水溝に蹴飛ばした。嬉しくて嬉しくてたまらないのにそう都合よく涙なんて出ないもん。 「お父さん、これでずっと私だけと一緒にいてくれるね」 ――何を言ってるのかよくわからないけど、和泉が喜んでくれてるのがわかる。さっきまでぼやけていたのに、和泉だけはっきり見える。ああ、笑っている。ただいま和泉。 「た、らえ、まぁ……い、ず、み」  頭が半分近くない、手足が変な方向に曲がってる血まみれのお父さんが帰ってきてくれた。顎も折れてたから上手くしゃべれないはずなのに私の名前だけちゃんと言ってくれてる。嬉しい。 「おかえり、私だけのお父さん」  私はお父さんと一緒に生きる。私の生きる道を示してくれてありがとうお父さん。お父さんの行く道の先は、私だけでいい。
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