希望を喰らう

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なあ、あんた。バロットって食ったことあるか? 何だそれって顔してるな。まあ、そりゃそうか。 東南アジアではその辺に売ってるけど、こっちじゃあ殆ど流通してねえもんな。 あれだ、孵化しかけのアヒルの卵を茹でたやつだよ。聞いたことないか? まあ、いいや。 俺、前にフィリピンに旅行したことがあってさ。 そこの屋台で見かけたから食べてみたんだ。 いやー、やっぱり見た目はグロいのよ。 なんせ、あともうちょっとでアヒルの雛として生まれるはずだったやつだからね。 姿がそのまま入っててさ。 流石に俺も、あの見た目にはドン引きした。 でもまあ、せっかくだからと思って食ってみたわけよ。 味? うん。なんていうか、リアクションしにくい味だったわ。 チキンスープに浸かった茹で卵って言ったら伝わるかな。 見た目のインパクトとは裏腹に、味はまあまあって感じだった。 でもさ、噛むたびに謎の充足感があったんだよ。 なんでろうって思って俺なりに考えてみた。 で、気付いたのよ。 多分だけど、これは絶望の味なんだって。 あと少しで世に出るはずだった、その希望を喰らっているんだって思った。 それに気付いた時、こいつは最高の味だと思ったね。 これって、人間にも言えることなんだよ。 どういうことかって? まあ聞いてくれよ。 俺、ここに来る前は芸能事務所の真似事をやっててさ。 ちょっとその辺に広告の一つでも出せば、まあ来るわくるわ。 俳優になりたい、アイドルになりたい、モデルになりたい、 そんな希望に満ちた芸能人のたまご達がさ。 世の中には聞いたこともないような小さな芸能事務所がいくつもあるわけよ。 いきなり大手の事務所を受けるのが怖い奴は、 とりあえず小さな事務所で力試しをしてみようかと思うのかね。 で、書類選考やら演技や歌のテストとかそれらしい事をやって、 「一次オーディションに合格しました」って連絡してやるんだ。 一応、人選はそれなりに慎重にやってたんだよ。 狙い目は、田舎から出てきたばかりのタレント志望の若い女だね。 アイドルだか女優だかを夢見て上京してきたわけだから、 地元じゃ「可愛い可愛い」ってチヤホヤされてたんだろう。 でも、そんなの東京に出てきたら一山いくらの普通の子に過ぎない。 チヤホヤなんかされない。通りすがりのモブキャラよろしく、誰にも気にされない。 地元にいた頃とはまるで違う扱いに、戸惑いを感じるてることだろう。 そこで、俺が芸能事務所の社長として優しく声を掛けてやるんだ。 「君には大きな可能性を感じる。全力でサポートするから、一緒に頑張ろう」って。 あいつら、嬉しそうに笑って馬鹿みたいに目をキラキラさせながら頷くんだ。 「この人なら私のことを分かってくれる」って、そんな風に思ったんだろうな。 まあ、そうやって教祖と信者みたいにしてやれば、あとは簡単さ。 まずはレッスン料だといって、毎月7万円を振り込ませる。 で、しばらくしたら、大手企業のCMが決まったって言ってやるんだ。 そりゃもう、大喜びでなあ。 相手さんの営業と打ち合わせだといって食事に誘って、そのまま夜は……ほら、分かるだろ? そういうのも芸能人っぽくて、本人もまんざらでもない感じだったな。 まあ、その大手企業の営業ってのも嘘で、俺の仲間だったんだけど。 それから、レッスン料に加えて合宿費用、大手企業との契約に伴う諸経費…… とか、何だかんだと理由をつけて金を振り込ませるんだ。 でもさ、振込額が3桁万円を超えてくると、相手もこっちの嘘に気付き始めるんだよね。 それを潮時と見込んで、俺らはトンズラするってわけ。 全てが嘘だったってことを理解した時の、あいつらの絶望顔は堪らないものがあるね。 ほんの少し前まで、希望に縋っていた目が文字通り死ぬんだ。 それを見ると、俺はなんとも言えない充足感で満たされるんだ。 話は戻るけど、この充足感がさっき言ったバロットを食った時の感覚に似てたんだ。 希望を喰らった味なんだ。 絶望の味なんだ。 まあ、そんな俺だけど今回ばかりはちょっと下手こいちまってさ、 こんな所に来る羽目になったわけだ。ははは…… ──て、おい! 何だよあんた。いきなり何をする⁉︎ は? 妹の仇だと? 俺はお前のこともお前の妹とやらも知らねえよ! おい、やめろ! やめてくれ。頼む、やめ…… 「ニュースです。昨日、○○刑務所にて囚人同士による殺人事件が発生しました。  警察によると、犯人は現場で取り押さえられた模様です。  犯行の動機として、 『オーディション詐欺によって大金を騙し取られた末に自殺した妹の仇を取った』  などと供述しており、警察は更に捜査を進めています」 「CMの後は、新生アイドル誕生のお知らせです!」 (終)
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