【雲は消えて無くなり、ついには全て無くなってしまった】

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【雲は消えて無くなり、ついには全て無くなってしまった】

・ ・【雲は消えて無くなり、ついには全て無くなってしまった】 ・  僕は他の人の”面白い”が分からない。  そんなに走って何が面白いんだろうか。  そんなに小説を読んで何が面白いんだろうか。  そんなに楽器を演奏して何が面白いんだろうか。  僕は雲を見る。  時間が経つにつれて、どんどん形が変わっていく。  それをぼんやり見ていることが、とても好きだ。  あんなに大きいモノが宙に浮いていて。  同じ形なんて二度と無くて。  ずっと、ずっと、見ている。  好きだから。 「そんなこと、何が面白いの?」  僕はよくそんなことを言われるが、それはお互い様だ。  それなのに僕のことだけ、やたら人から言われるんだ。  もっとためになることをしなさいと、言われて、嫌になる。  走ることの何がためになるの?  小説を読むこと、楽器を演奏すること、それはためになるの?  ためになるって言い張っているだけじゃないの?  僕の雲を見ることだけ、多めに言われて、何だか嫌だなぁ。  僕は他の人の”面白い”が分からない上に、僕の”面白い”は否定される。  面白いって感覚は一体何なんだろうか。  何で僕はこれを面白いと思うようになったのだろうか。  もし僕が走ることや、小説を読むことや、楽器を演奏することが面白いと感じるような人ならば、こんなに悩まなかったのかな。  みんなが納得する”面白い”なら、こんなに悩まず、生きていられたのかな。  だんだん、何でこんなことが面白いと感じるようになったのか、という自分が嫌になってきた。  気付いた時には、雲を見ることも嫌いになっていた。  僕には”面白い”という気持ちが無くなってしまった。  何をしていても、何も感じない。  いやでも、しないといけないことはちゃんとする。  身支度だってするし、勉強だってするし、学校にだってちゃんと行く。  でもそれ以外の、何もしなくてもいい時間は、何もしなくなった。  でもそれに対して、人から『何もしていない』と言われることは無かった。 「また雲見てる」  と、言われるだけで。  雲なんてもう見ていないのに。  雲を見ていない僕を、誰も見てくれていなかった。  学校のみんなは勿論、両親だってそうだった。  僕は何もしていないから雲を見ていると思い込まれていた。  つまらない。  ふと、思った、つまらないと。  今までつまらないことなんて、そう無かったけども、今はとてもつまらない。  このつまらないという思いを埋めて無くしたい。  でも、自分のつまらないという思いを埋めてくれる”面白い”なんて無かった。  何でつまらないと思うんだろう。  ただ生きているだけで”面白い”と思う人だったら、つまらないなんて気持ちにはならなかっただろうに。  何が違ったんだろう。  僕は他の人と何が違ったんだろう。  生まれつきとか遺伝とか、難しい言葉は聞いたことあるけども、よく分からないなぁ。  両親がどっちに似たとか、あんなの私には似ていない、俺にだって似ていない、とか、言われるけども、よく分からないなぁ。  何だか分かりたくないなぁ。  空を見た。  ふと。  意識せず。  雲一つ無かった。  こんなに晴れた日なのに、僕はこんな気分だ。  いやいつだってそうだ。  いつだってこんな気分だ。  僕が何をしていても”面白い”と感じる人だったら本当に幸せだっただろうなぁ。  ”面白い”なら走りたい。  ”面白い”なら読みたい。  ”面白い”なら演奏したい。  でも”面白い”とは感じさせてくれないんだ、どうしたらいいんだろうか。  試してみた。  一通り、もう一回試してみた。  僕が努力していなかったせいかもしれない。  楽しむところまでいっていなかったのかもしれない。  だから試してみた。  学校のみんなと走ってみたり。  学校の図書館で小説を読んでみたり。  学校の音楽室で楽器を演奏してみたり。  家に帰ってからでも走り込んでみたり。  図書館から借りてきた本を家で読んだり。  リコーダーを家で吹いてみたり。  苦手で面白くないことはつらいけども、試さないでいるほうがつらかった。  でもそれらを”面白い”と感じることは無かった。  やっぱり面白くなかった。  しかし試している最中は、僕のこと自体は見ていてくれた。 「いろいろやってみることはいいことだ」  と、やけに誇らしげにお父さんが僕の肩を叩いた。  でもゴメンなさい。  何も面白くなかった。  結局、僕は全てやめてしまった。  結局、僕は全てやめてしまった。  結局、僕は全てやめてしまった。  僕は他の人の”面白い”が分からない上に、僕の”面白い”は否定される上に、僕に”面白い”はもう存在しない。  それなのに、周りはまだ僕に何かしろと言うんだ。  もう何もしたくないのに。  絶望している僕の向こう側から両親の声がする。 「やる気があるなら、ちゃんとしたところで学ばせよう」 「さすがパパ! この子に先生をつけましょう!」 「きっとなんにでもなれるぞ」 「じゃあそうと決まったら、早速いろいろ他のママたちに聞いてみるわ! お隣さんも習い事には詳しいみたいだし! お隣さんと言えばお隣さんの娘さんの舞衣子ちゃんも活発でいろいろやってるらしいから、面白いこと知ってるかも!」  誰も僕の心のことなんて見ていない。  お父さんもお母さんも、お母さんとお父さんを見ているだけで。 「コイツは俺に似て、根性があるんだな」 「私に似ていろんな才能があるかもねっ!」  そう言って二人は二人で大笑いをした。  ――僕という人間のことは何も見てくれないんだ。
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