たくさんのたまご

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たくさんのたまご

 開店してから10年ほど経っていたその頃になると、ちゃたま屋は店から3分ほど歩けば停められる場所に、結構な広さの駐車場を借りるようになった。  そうすると並ばなくても良いので夏でもちゃたま屋のお土産を貰うようになった。  農家のおばちゃんたちも駐車場があれば直ぐに買えるので、それも、お土産を持ってくるのが好きなので、時々ちゃたま屋に寄ってはお土産を買ってきてくれる。  その頃のお土産はなんと「たまご」そのもの。  それも、すべて茶色のたまごだ。  もともとちゃたま屋の名前はここから来ていたのだそうだ。鶏の種類が普通の白い鶏と違い、卵が濃いのだそうだ。  ちゃたま屋の横の坂を上ったあたりの山の斜面には大きな鶏舎が見えた。  その鶏舎で大々的に養鶏をしていた人が、そのたまごを使ったシュークリームをまずは売り出し、それが有名になった頃から、たまご自体も扱うようになっていた。そのたまごが美味しいと言うのでたまご自体が地元のお土産に代わっていったのだ。  驚くのは一回のお土産でたまごを紙のたまごケースに2段。1段に20個ほど入っているので、一遍に40個のたまごをお土産にもらってしまう。  そもそも父を早くに亡くしていたので普段は母は一人暮らし。それなのに、重なるときは重なるもので、たまごのお土産が一日に2件重なってしまったりする日もあった。  2週間は常温で生で食べられるので頑張って食べればなくならない数ではないのだが、メイの実家はお店に場所をとられて、住まいは随分と狭かった。たまごを置いておく場所がないのだ。  それに田舎なこともあり、二階をスナックに貸していて、そのスナックのママがあまりきれい好きではなかったので、ネズミも結構出ていたので、たまごをうっかりした場所に置いておけない。    結局、お店に来るお客さんで、独り暮らしのお年寄りとか、頂き物にご縁のない方などに少しずつ分けて減らしていたようだ。  メイは40代後半に一時期実家に帰っていた時がある。東京にいたのだが、飼い猫が具合が悪くなり、自分も具合が悪くなり仕事を辞め、生活できなくなってしまったのだ。  3~4年で東京に帰ると言う約束で、ねこを3匹連れて実家に戻った。  動物と住むのが嫌いな母は、メイにアパートを借りてくれた。  そのアパートから車でも歩いても5分の場所に実家の店があった。  その頃は母の性格も大分丸くなっていたし、歳をとってできなくなったことが多くなってきていたので、メイが一時的でも実家の手伝いをしてくれるのは母も嬉しかったようだった。    その頃にもよくたまごの豪快なお土産をいただいた。  実はメイはたまごが大好きだ。  たまごがある間は豪快に、一人3つずつ使ったプレーンオムレツとか、オムライスとか、とにかくたまごを消費する料理を作って食べる。  メイもアパートにたまごを持って帰って消費した。  濃くておいしいたまごの卵かけご飯は毎朝欠かさない。  いろいろなアレルギーを持っているメイだが、たまごアレルギーがなかったのが何よりだった。  ちゃたま屋はその後改装をして、廃鶏で作るチキンカレーを今度は大々的に宣伝しはじめた。お店を改装して、中にテーブル席が出来てそこで食べられるようになったという事だ。  母はずっと実家のある町で暮らしていたので、80歳を過ぎてからも、高校の時の同級生と時々日帰り温泉に行っていた。  私はお留守番でお店番だ。そんな時に母と友達は、お昼にちゃたま屋によってカレーを食べてくることがある。テーブルにはゆで卵が無料で置いてあったそうだ。  田舎の養鶏場の人が考えた商売はその頃で既に40年近く続いていた。次々と新製品を作り、たまごを売りあげ、廃鶏のカレーを食べたり、お土産もたまごや鶏関係の物がたくさん並んでいたそうだ。  母が亡くなった後、実家の店も売ってしまい、メイが地元に行くのはお墓ミリの時だけになった。その時はレンタカーを借りていくので、ちゃたま屋の前を通らなくなった。新幹線の佐久平から地元の望月まで行く道とレンタカーで直接お墓まで行く道が違うのだ。  何故レンタカーなのかと言えば、新幹線で行く方が割高になるのだ。  新幹線代だけでも高いのに、新幹線の駅からメイの家のお墓までタクシーを使うと6000円かかる。    新幹線の駅のある佐久平周辺を抜けてしまえば、実家のお墓のある望月まで向かう道路の間には店など未だにちゃたま屋しかないのだ。    周囲は田んぼが広がり、反対側は段々畑と里山が迫っている場所だ。    最初にその不便な場所に店を出すと決めた店主の決断と、そんな不便な場所なのに美味しいシュークリームで最初の店を大きくし、自分の家の目玉である『たまご』そのものを商品化し、今やその店を目指してやってくるようになった観光客までいる。  田んぼと山に囲まれた田舎の道沿いで、着々とお店を広げてきたちゃたま屋の店主と、その美味しいたまごに敬意を表したい。 【了】          
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