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季節の途切れなく花の咲き乱れる王の庭園には、いくつか東屋が設けられている。図書館から修練場に向かう時、こんな場所でのんびり休めたら最高だろうなといつも横目で眺めていたものだが、いざ機会が訪れるとその状況に恐縮してしまう。
なにせ目の前ではあのシーラ女史が、無言で紅茶を啜っている。いつもなら講義が終われば無駄話もなくさっさと仕事に戻ってしまう彼女なのに、今日に限って一体どういう風の吹き回しなのだろう。
息抜きのはずに、なんとなく息苦しい。
休息も必要だ――という彼女の言葉を額面通りに受けとってもいいものか。どういうつもりで誘ったのか、瓶底眼鏡に阻まれてシーラの表情はイマイチ読めない。
「急にお茶に誘ったりして、ご迷惑ではありませんでしたか」
クレオの動揺を見透かしたようにそんなことを言う。
「まさかそんな。私のほうこそ、先生にはせっかくお忙しいなか時間を割いていただいてるのに居眠りするなんて……申し訳ありません」
頭を下げたクレオに、シーラはだいぶ驚いたようだった。ティーカップを置くと、慌ててクレオに頭を上げるように促した。
「謝らないでください。殿下は十分、頑張っておいでです」
クレオはパチパチと目を瞬いた。まさか褒められるとは思ってもみなかったのだ。そんなクレオをよそに、シーラはバツが悪そうに目を伏せている。
「連日の講義でお疲れなのは仕方ありません。もしかして私が、急かせすぎたのではないかと心配で」
「講義の件は母上のご命令だし、それこそ仕方ありません。先生が頑張って教えて下さっているのですから、私がそれに応えるのは当たり前のことです。それでも、先生のような素晴らしいかたに努力を認めていただけるのは、とても嬉しい」
「殿下……」
シーラがそっと顔を上げる。クレオが微笑むと、気難しげな彼女の表情が、ほんの少しだけ解けたかに見えた。二人の間にほのぼのとした空気が漂い始めたと思ったのも束の間、シーラの表情が再びピシリと凍りつく。
「あら。誰かと思えば、シーラ様ではありませんの」
クレオを素通りして声をかける不躾な声の主を見やり、ギョッとする。あからさまに顔を歪めなかった自分を褒めてあげたい。
「こんなところで奇遇ですわね」
マージェリー・ウッドウィル伯爵令嬢が、ニコリとよそ行きの笑みを浮かべた。
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