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07 転がるふたり
阿畑の件は、画面が粉々になったスマホから、
専務に報告して尻拭いをさせた。
阿畑のロッカーには
欠品していた商品が隠されていて、
録画を確認するまでもなかったが、
一応犯行現場らしき記録を提出しておいた。
スマホの修理代は誰が払うんだろう…。
残業はいつもに増して長引き、
さらなる人材不足に悩まされつつ、
退社の際の防犯装置を作動させた。
自分で転がした雪だるまに巻き込まれる俺。
「お疲れ様です。」
いつもの装置の機械音声ではなかった。
暗闇の中で、真っ赤な人影が現れて
俺は肝を冷やした。
阿畑がさっそく八つ当たりの
報復にでも来たのかと思った。
そんな度胸があれば、窃盗の擦り|付《つ
》けなど
という珍事件は起きなかっただろう。
そうでなくてもあれから専務が、
サプライズで家庭訪問している。
阿畑の進退はわからないが、
無断早退と窃盗というふたつの
就業規則に反した社員を、
会社が守る理由はない。
「えーっと、丸井くんのお姉さん…。」
「束刈でいいよ。」
一応会社では丸井名義なので、
俺が彼女をそう呼ぶのはおかしい。
「本当に、ごめん…なさい。」
丸井姉こと束刈は砂利の駐車場で、
突然、両膝をついて深く頭を下げた。
この謝罪は阿畑の件ではない。
俺は彼女の反抗期の被害者でもあった。
「あのときは、本当に、迷惑かけて、
ずっと謝ることもできなくて…。」
そして俺が地元を離れたかった理由のひとつ。
人間不信の原因。
まぁ過ぎたことだし、お互い水に流そう。
と言いたくもなる面倒臭さが勝った。
しかし慰めたところで、
相手は満足しないだろうし、
いまさら怒ったところで嘘臭い…。
年を取って摩耗し、鈍感になった。
むかしほど無敵さはないし、
向こう見ずな馬鹿でもない。たぶん。
「尾鳥が中学のとき、失くしたスマホ。」
スマホを盗まれ、
キッズスマホを持たされた。
俺の冴えない反抗期の要因。
「催合って女子いたでしょ?」
「…居たような気がする。
リーダー格みたいな子だっけ?」
「尾鳥のスマホ盗んだところを私が見て…
脅されて、言い出せなかった。」
「へぇ…。」
本当にいまさらな話にそっけない本音が出た。
盗んだ犯人は誰だっていいし、
失くしたものも戻ってこないし、
過ぎた時間は戻らないし、
結果は変わらない。
雪玉を逆回転させたところで、
積もり積もった雪の上では
雪だるまは大きくなるだけだ。
「でも私が、全面的に悪いんだし、
許して欲しいっていうのも違って…。」
じゃあなんで謝ってるんだろう…。
「謝っても意味はないんだけど…。」
心の中を読まれた気がした。
読心術の講座でも受けているのか。
「これって…自己満足?」
言った束刈が首をかしげた。
「ははっ。なんだそれ。」
「いや、だって…。」
謝罪の途中で疑問を浮かべて開き直る束刈は、
俺に怒られないどころか笑われて不思議がる。
「で、いまはバンドマンなんだっけ?」
「いや、解散したから。それ。」
そういえばそんな話を聞いたが忘れていた。
「ライブのスケジュールはないんだ。」
「そりゃまあ…、こんな土地で
弟の職場のパートやってるんだし。」
あの束刈かぁ…。
という気持ちもまだシコリのように存在する。
もう20年近くも前のことだ。
「嫌なことならもう忘れた。忘れたい。
俺は他人に期待しないし、信じない。」
「ごめん…なさい。」
彼女は砂利でスネが痛くなったのか、
足を崩そうとしている。
俺は強要してない。パワハラではない。
おまけに業務時間外。
「丸井くんのお姉ちゃんだし、
全く信用してないってわけもない。」
身内ならば、どちらかの失敗で
もう片方の信用を落とすことにもなる。
俺には利害関係を示して、
他人を動かすことしかできない。
「一緒に会社を手伝ってくれたら、
俺も助かる。」
誰にも期待や信用はしてないが、
そんな俺でも許すくらいはできる。
ミスのない人間なんて存在しない。
しかし丸井姉、束刈は
素の表情で首をかしげた。
「えっ? なにそれ、…プロポーズ?」
「違うわ!」
見当違いも甚だしい。
膨れ上がった雪玉は、
変な重力でも生み出すのだろうか。
(了)
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