なんにもできないタカシ君

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「やあっ、今日も君だったか。とても嬉しいよ」  誰にでも優しい生徒会長が、ぷるっとしたご自慢の唇で微笑んで、からかうように僕に言いました。 「えっと、お呼び立ててしまって申し訳ありません」 「なに、仕事さ。お互いにな」  ここは屋上、二人きり。  今は僕が、会長に愛の告白をしている場面です。  夕焼けに照らされているからか、頬を朱く染めたその顔は、見るもの全ての心を蕩かすような破壊力です。 うわぁ、かんわいぃ… 「で、あいも変わらず、何者にもなれない自分を、厭うているのかな?君は…」  まるで後光が差すような圧倒的な美しさです。なんかもう光源が二つあるみたい。ちょっと薄く光ってます、生徒会長。 「んふふ、まるで青春のようじゃないか。とっても素敵だ」  嬉しそうに、愉しそうに、黒く大きな瞳を細める生徒会長。いやいかん、ホレてしまう。  屋上で二人きり、美しい夕焼け。斜陽を全て吸い込み、光の中でくっきりと浮かび上がる、生徒会長の長い黒髪。  こんなのもうオマエ主役じゃん、とかお思いでしょうか?  どしたんモブ、とかお思いでしょうか? 「えっと、今日は止しましょう。もう少しで話進むんで…」  残念、柱の陰から主人公がこちらをじーっと覗いています。  僕はフラれる役。この告白は失敗、というか未遂。気付いてないという体で、はぐらかされておしまい。  台本通り。  だって今、この会話は物語に描かれていないんですから。 「どうかご休憩されて下さい。これから忙しい場面でしょう?僕的には生徒会長のお姿を眺められてるだけでも十二分っていうか」 「ふぅん、私では相談役として不適かな」 「役不足、ですかね。僕みたいなモブにすいませんなんか」 「あっさりしたものだね相変わらず。塩対応っていう言葉を辞書で引くと、きっと君が出てくるのだろうね。少なくとも、私の辞書では」  TVアニメ絶賛放送注文のライトノベル『ウチの生徒会長はまるでラノベ』、通称『ウチラノ』。  今、生徒会長がいつものようにモブキャラに呼び出され告白未遂をされているところ。  物語は午後の授業をサボろうと屋上に来て、偶々その場を目撃してしまい慌てて隠れた主人公のモノローグにフォーカスされています。  この後、僕が退場し主人公が合流。 『相変わらずモテんだな』 『いや、今日も愛の告白ではなかったな。私は女性としての魅力に欠けるのだろうか?』 『びびったんだろ。オマエの前に立つとみんな自信がなくなるんだよ』 『ふぅん、君はどうなんだ?』 『オレは……オマエに告白する資格なんかねぇよ』 『おい!いい加減あの事は忘れろ!贖罪で友情なんて不健全だぞ!』  みたいな話が進みます。なんでも背中の大きな切り傷は彼のせいみたいです。 「えっとじゃあ……ぼちぼちいきますね」 「あーそうかい。じゃあせめてひとつだけ」  退場しようとした僕を、生徒会長は引き留めて、 「何にも出来ないって言葉は、これから何にでもなれるって意味だ。君は『たまご』さ。可能性という殻を破って、せめて何かの雛になりたまえ」 ドヤ顔すら美しく、そんなお言葉をかけて下さいました。 「はい、ではまた」 「……あーそーかい。はいはい、またね」  何故か少し不機嫌になり、やがて諦めたように生徒会長はヒラヒラと手を振りました。  さあ、退散退散。 「……何か変わるかもって、思ったのに…」  そんな呟きを背中に受けますが、僕が変えられる事など何もありません。  モブではないキャラクターは、いつまでもいつまでも繰り返すだけなのです。  彼女には、モブである僕がさぞかし自由にみえるのでしょうが、台本通りに動くという意味では僕も同じなのですから。
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