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モリコケモモが小さな花をつけている。
ハンスは深いため息をつきながらしゃがみこみ、乳白色の丸く小さな花びらを指先でハタハタともて遊んだ。
「もうじき冬になるんだぞ。何やってるんだい、お前さんは」
そのままに顔を上げ、ゆっくりと視線を巡らせる。
木立は実りの秋をすぎ、すっかり葉を落とし終えて纏うべき色がない。しかしところどころの枝のゆがみに目を凝らすと、不自然な芽ぶきの兆しが見て取れた。
ひとしきり眺めて立ち上がったハンスの頬を撫でる風は、生暖かい。
……今年の秋は、やはりおかしい。
十一月も終わりになるというのに妙に暖かく、いつもどおりにいったんは冬の準備を終えた植物たちの調子が狂っているらしい。雪の気配すらない森の小道を家へと戻る途中、ハンスは大きな足跡に目を落とした。
「熊か。……ベアルかな。眠れないのだろう、かわいそうに」
ベアルというのは森で時々会う熊だ。
大きな体に黒目がちな思慮深いまなざし。左肩には数年前にオオカミと戦ったという太い傷がある。
最初に森の小道で会ったとき、襲われるかもしれない、と銃を構えるハンスに、熊は穏やかに告げた。
「慌てることはない。森と共に生きる、賢い男よ。襲う気にはなれんよ。おれも撃たれたくはない」
そしてにやりと不敵に笑う。
「栗でも拾って帰るさ。……森の神ジェレバの加護がありますように」
警戒を解かず銃を降ろさぬハンスにゆったりと言い残し、無防備に後ろ姿を見せながら熊は去った。
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