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その後も時折姿を見かけた。
ある時は遠目に、ある時は少し驚くほどの近さで視線を交わしたが、いずれも平穏な別れで終わるばかりであった。
そして二年ほどたったある日、向こうから告げて来たのだ。
「俺はベアルだ。ベアルと呼んでくれ」
「ああ、……おれはハンスだ」
ふう~。
この会話をもって、ベアルと自分はこれで本当に戦い合うことはなくなった気がする。ハンスは大きく安堵の息をついた。
しかし、それでも、熊は熊だ。生肉だって食べる生き物だ。
賢いハンスはその事実を決して忘れることはなく、ベアルとはいつも少しばかりの距離を保ったまま、慇懃な接し方をしている。
そのベアルが、冬眠の時期になるのに眠れず歩き回っているらしい。すでに木の実は落ちきっているし、腹が減っているのに違いない。
熊の腹具合を思いやるハンスの頬を、もう一度、風が撫でた。先ほどよりも厚みのある風である。
「季節はずれもいいところだが、嵐になるかもしれないな。スープを多めに作らなくては」
ハンスはひとりつぶやきながら、家へと急いだ。
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