プロポーズはショコラの香り

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尚也に連れられて入ったその部屋はあまり生活感がなかった。 広いリビングに大きなソファー、大きなテレビ、それだけ。 他にも部屋があるみたいだけど、玄関も殺風景だったしキッチンもさっぱりしている。 本当にご家族はここに住んでいないようだ。 家族と暮らす家以外にこんなセカンドハウスを持つような男になったんだと思うとがっかりする。 浮気専用マンションなんてクズが持つものじゃない? 私が知っている尚也は築15年の1DKアパートに暮らす普通のオトコの子だった。 こんな尚也は知らない。 黙って立っていると、ソファーに座るように促された。 「約束の時間にはキチンと送るから」 無言で頷いて座った。 尚也が隣に座ってきて間違った距離感にまたムッとする。近いんですけど。 「3年前の話をしてもいい?」 私はビクッとした。避けては通れない話なのはわかっている。 でも、また嫌な記憶をなぞるのは嫌だ。 何度も何度も傷ついたし泣いた。 「ーーーあの時さ、夏葉は俺がいなくなることが淋しかったんだってそう思って良かったのかな」 「・・・そう手紙には書いたつもりだったけど」 「ごめん、夏葉。ごめん!」 いきなり勢いよくがばりと90度頭を下げる尚也に驚いてのけ反った。 「夏葉はいつもクールだったし俺の事なんていなくなったら忘れるんじゃないかって思ってた。いつも好きなのは俺だけだって。捨てられるのが怖くて『待ってて』なんて言えなかった。でも、旅立つ前にしっかり将来の話をしようと思ったら夏葉がいなくなって焦った。どこを探してもいなかった」 予想外の告白に言葉を失う。 「夏葉にとって俺なんて期間限定の恋人なんだろうって思ったけど、どうしても諦められなくて。でも、告白してフラれたら落ち込んで留学なんていけなくなるだろうし、言うのは最後でいいかって思っててーーー反対に傷つけたんだな」 どういうこと? 期間限定の恋人って思ってたのはあなたじゃないの。 黙って考え込む私を頭を上げた尚也がぎゅうっと抱きしめてきた。 「やだ、やめて。私そんなつもりない」 両手で尚也の胸を押し返すけど、尚也の力は強い。 「ダメだ、夏葉をずっと探してた。もう離せない」 私の腰と背中をしっかりホールドする尚也に焦る。 「いやだってば、私不倫なんてできない。絶対にいや!」 私が叫ぶと、尚也は私からパっと離れて私の両肩に手を置いた。 そして、のぞき込むようにして私の顔を見てくる。 尚也の瞳が揺れながら私を見つめ、徐々にその色が仄暗くなっていくから嫌な予感がして背筋が寒くなる。 「夏葉、いつ結婚したの?相手はどこの誰?どんなやつ?そいつ何してるの?いや、でも相手が誰でも奪い返すから。夏葉は俺のだから。なんで俺以外と結婚したの」 「は?何言ってるの。私は独身ですけど」 ここでお互い何かおかしいことに気が付いた。
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