2. 静寂

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「今日もありがとうございました」 「いえいえ、バイトだから当然です」 「こかげ〜、私はシフト終わってないから先帰ってね」 「わかってる」 「そう。気をつけてね。」 夜風が私に吹く。 今日は桧山さんは来なかった。 少しだけ来ると思っていた自分。 期待なんてしたら負けだ。 来ないと思っていた方が幸せなんだから。 夜の道を突き進む。 「あ、こかげちゃん」 そう声をかけられた。 「桧山さん…?」 「うん。桧山だよ。」 「先日はありがとうございました」 「いやいや〜。チケット押し付けてごめんね〜。」 「そんな、とても楽しかったです。」 「ありがとね」 口角を上げる桧山さん。 嬉しそうだ。 「こかげちゃんはバイト終わり?」 「はい」 「あー、今から店行こうと思ったんだけどなぁ」 「そうですね…」 「こかげちゃんってシフト何時から何時?」 「四時半から六時ぐらいですかね」 「次はその時間に来れるように頑張るね」 「え、でも…」 「こかげちゃんともたくさん話したいからさ」 「え、あ、」 「じゃあね〜」 手をヒラヒラと振る桧山さん。 私は無意識に振り返していた。 ☆.•.**°◦.・.★ 「こかげ、おかえり」 「ただいま」 「ひなたは?」 「まだバイトだと思う」 「そう…」 心配そうなお母さん。 姉に何かあるのだろうか? 「ひなたは最近単位落としそうって言っていたのよ」 「え?」 「バイトのしすぎだと思ってるのだけれど…」 「なんで…」 「お母さんもよくわからないのよ」 あの姉が単位を落とす…? 絶対にありえない。 少しふざけていても、絶対にそんなことをしているところを見たことがない。 なぜ? でも、私もそんなに姉のことを知らないので口を閉じた。 いつか、姉から話してくれる時が来るまで待つしかないと思った。 「お母さん、奥からすごい音がするのだけど…」 「えっ?あっ‼︎」 お母さんは急いでキッチンに行く。 案の定味噌汁が噴き出ていた。 「やってしまったわ…」 「でも、食べれるところもあるし」 「そうね。一緒に片付けてくれる?」 「うん」 「ありがとう」 タオルでキッチンを拭いていく。 白のタオルが茶色に変色する。 その様をぼーっと見ていた。 拭き終わったら洗濯機に入れた。 「ありがとうね。こかげ。」 「そんな大したことなかったし。着替えてくるね。」 「そうね」 お母さんは晩御飯の支度に戻った。 制服を脱いでいく。 姉とは違う。 細くない足。 スタイルの良くない体。 ぱっちりとしない目。 その全部が姉と比べて劣る。 なんで私は姉のような完全体に生まれなかったのか。 同じ血が流れているはずなのに。 「もっと、綺麗だったらな…」 そんな願望が口から漏れる。 「こかげ〜、先に食べちゃいましょう」 「はーい」 鏡から離れてリビングへ向かう。 二人分の食事が並べられていた。 食べ始めるとそこには静寂が広がった。
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