3. 記憶

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「いってきます」 「いってらっしゃーい」 お母さんの声が聞こえる。 姉はあれから一回家に帰ってきてすぐにどこかへ行ってしまった。 そのうち帰ってくるだろう。 だって、この家は姉の大事な居場所のはずだから。 今日は月曜日。 桧山さんに会えるかな。 会えるよね。 私がいる時間に来てくれると言ってくれたから。 なぜだか桧山さんの言葉を信じてしまう。 会った回数は少ないのに、なぜだろう? 早く学校終わらないかな。 終わったら桧山さんに会えるのに。 そう思いながら駅に着くとつらそうな女性がいた。 「大丈夫ですか?」 いつもなら見て見ぬフリをするのに、その時だけは話しかけた。 その必要性を感じたから。 「えっと…」 その女性がこちらを向く。 とても美しくて百合のような人だ。 「大丈夫で、ハァハァ、すよ…、ハァハァ」 「大丈夫ではありません。どちらに向かっているのですか?」 女性は俯いた。 私に言おうか迷っている感じだ。 その時、須藤くんの言葉が頭を掠めた。 『だって、困ってたら周りの人に頼るのは大切なことですから』 そうだ。 今ならその言葉に賛成できる。 「あの、知人から聞いた言葉なんですが…」 「はい…?」 「困ってたら周りの人に頼るのは大切だと思います」 そう言うと女性は 「私があなたに頼って迷惑になりますか?」 と聞いた。 「迷惑になりません。迷惑になると思ったら、私はあなたに声をかけていません。」 「そうですか…」 「はい」 「少しお時間もらえますか?」 「いいですよ」 女性は静かに話し始めた。 女性の父親と母親は昔、とても仲が良かったそうだ。 しかし、母親の不倫により、離婚した。 今は母親が再婚して、そちらに暮らしているそう。 でも、女性自身は父親と暮らしたいらしい。 なんだか複雑。 「私、だから…、ゲホッ、お父さんの、ゲホッ、とこ、ゲッ」 「お水です。飲めますか?」 「ありがとう…」 この人身体が弱いんじゃ…。 「あなたは学校大丈夫?」 「あっ!」 「急いで。いや、私がタクシー代を払うから送ってくね。」 「そ、それは…」 「その方が速いでしょ」 「は、はい!」 私達はタクシーを呼んで学校まで行った。 最後に女性は連絡先の紙とどこかの住所を渡して去っていった。 教室で走り込むと一秒後にはチャイムが鳴った。 本当にギリギリだった。 「明光がギリギリなんて珍しいな」 そんなことを先生がつぶやく。 なんだか今日の私はいつもと違う。 なんであの女性に話しかけたのか。 自分の全てをかなぐり捨てるように。 どうして、私は…。
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