プロローグ

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昼下がりの午後の授業。 黒板には自習の二文字が書かれている。 周りはせかせかと勉学に励んでいた。 私一人除いて。 頬杖をついて見るその景色が水彩画になっていくほどにぼーっとする。 誰も何も喋らない。 本当に真面目なクラスメイトたちだ。 キーンコーンカーンコーン 耳鳴りのようなその音色に生徒達は顔を上げる。 各々が友の席へと移動し、談笑を始めた。 私一人除いて。 四月のこの風はいつまで吹くのだろう。 私だけがこの風を感じている。 私だけが水彩画を見ている。 周りは全員"当たり前"の中で過ごしている。 私という特異点を除いて。 誰もが点Pとなって動いているのに、私だけが固定された名もなき点だ。 ざわざわとする教室の中、私だけが静寂に包まれている。 それに何も疑問を抱かない。 なぜなら、私は固定された名もなき点だから。 「明光(あけみつ)さんってなんだか近寄りがたいよね」 そんな声が耳へと吸収された。 そうか。 私はそのような雰囲気なのか。 水彩画を見つめながら、心に落とした濁った雫。 今さら近寄ってもいいなどとほざいても変わらないのだから。 そうやって強がる私。 本当はこの濁りを綺麗にするのに逃げているだけなのに。 自分が苦悩して苦しむことから逃げている。 人というイレギュラーなものと関わる辛さを味わいたくないがために、 逃げているだけなのに…。 所詮共生とは難しいものである。 到底できっこないことをなぜ教師は勧めてくるのだろうか? 私にはわからない。 人と生きることを諦めることはそれほど悪いことなのだろうか? 私はもう諦めた。 できないことをできるに変えるなど無理な話だ。 不意に吐息が漏れた。 この世界の鱗片だけでこんなに辛いのに、なぜ国を、世界を、と言うのか。 難しいものである。 キーンコーンカーンコーン その音に周りは一斉に散る。 初老の教師が入り、委員長の号令がかかる。 今日も私は一人。 固定された点。 その不変の名もなき点は動かない。 「じゃあ、ここを」 初老の教師は知らない誰かを当てた。 その者が教科書の文を読み始めた。 動く点と固定された点との違い。 「はい、そこまででいいよ」 黒板に白が映る。 皆が手を細かく動かす。 私も動かす。 でも、 私だけがモノクロで、周りはカラーで。 境界線がどこかに引かれている。 色のないこの世界で満足しているフリをする。 感情のこの起伏を殺してしまったのはいつだっただろうか。 忘れてしまったことを掘り起こすというのは疑問符ばかり浮かぶだろう。 今日も私を除いて世界は動いている。 不変の固定された点。 その点が動きだすとは誰も、私さえもわからなかったけれど——。
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