4. 享楽

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「こかげちゃん。疲れてない?」 「大丈夫です」 「いやいや、大丈夫じゃないでしょ」 「本当に大丈夫ですから」 「えぇー」 桧山さんはすごく優しい人だ。 いろんなものを紹介してくれる。 例えば、大学のキャンパス紹介とか、 おすすめの参考書とか、 最近できた本屋さんとか、 私も少しだけ行きたくなって桧山さんに頼ってしまった。 そろそろ将来を考えなければいけない。 どこに行きたいか右も左もわからない。 だから、桧山さんのくれる灯りをもとに道を探してる。 父も母もあまりそういうことは積極的ではないので助かる。 「こかげちゃんさ。隈できてるのわかんない?」 「はい?」 「目の下にこう、うっすらとね」 「…」 全然気づかなかった。 そんなに寝れていなかっただろうか。 確かに最近は辛い夢ばかりで深夜に起きることも珍しくない。 そのうち、怖くて目を閉じるだけで精一杯になっていた。 体が眠りを拒否し続けるからそれでいいと思った。 でも、そのせいで自分の体が同時に苦しんでいるなんてわからなかった。 「どうすれば…」 「寝れないの?」 「はい…」 「そうなんだ」 なるほどといった感じでこちらを見つめる。 「それなら、楽しかったこと思い浮かべればいいんじゃない?」 「楽しかったこと……?」 「今日は学校でこんなことがあったとか、バイトでこんなことあったとか、その他諸々楽しかったこと」 「わかりません……」 「じゃあ、自分がよかったなあとか、いいなあって思ったこと」 「後輩が日に日に成長していくことでしょうか」 「なるほどね。そういうこと思い浮かべれば俺は寝れるんだよね〜。」 「そうなんですか?」 「うん。信じていいよ。」 にこーっと微笑む桧山さん。 そうだよね。うん。 私もそれに返すように笑った。 「あっ、こかげちゃん。思ったんだけどさ。」 「はい?」 「楽しいことなければ作ればいいんだよ」 「どうやって…」 「ちょうど友達からもらった水族館のチケットあるけど、どうする?」 反射的に行きたいって感情が押し出される。 桧山さんと行くと全部がキラキラしている。 私も真っ白になれたように錯覚する。 だから、また真っ白になりたい。 「行きたいです」 「オッケー。今週の土曜はどう?」 「空いてます」 「じゃあ、よろしくね。集合場所はここで、十時ぐらいに集まろっか。」 「はい」 「今日もごちそうさまでした」 「ありがとうございました」 「じゃあね〜」 「はい」 なんだかソワソワする。 さっきのお釣りを渡した時に手が触れる瞬間、ドキドキした。 土曜日か…。 はっ! どうすればいいだろう…。 私、服とか全然持ってないし…。 姉もいないし…。 「どうしよう…」
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