4. 享楽

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「こかげちゃん。久しぶり〜。」 「久しぶりです。穂波さん。」 「今日はよろしくね」 前会った時の穂波さんは苦しそうだったが、今はとても穏やかだ。 うん。体調が良くなってよかった。 「一駅先のショッピングモール行こう」 「はい」 ガタンゴトンと揺れる中、穂波さんはその白い肌が目に止まる。 多分、あんまり外に出たことがないのだろう。 本人から昔から体が弱かったことは聞いていた。 「こかげちゃんは学校楽しく過ごしてる?」 「ま、まあ…」 「そっか。どんな服を着ていきたいの?」 「えっ?」 「こかげちゃんの好きを好きと言ってくれる人だと思うよ。水族館に一緒に行く人。」 優しい瞳で見られている。 まるで、私の中の桧山さんとのことまで見られている気がする。 いや、見透かされているんだ。 「私は…」 「あっ、着いたね」 穂波さんに腕を引っ張られる。 この人はなんだか優しさと不思議さが入り乱れていて怖い。 「穂波さん」 「どうしたの?」 「私、何が好きかわかりません」 「それならたくさん見てまわろう。こかげちゃんの好きが見つかるまで。」 「私の好きが…」 「こかげちゃんの色が見つかるまで探そう」 その言葉が私の心に深く刺さるなんて知らないんだろうな。 「これとかよくないかな?」 「なんていうか、華やかすぎます…」 「うーん。じゃあこれは?」 「地味だと思います…」 「こかげちゃんって何色が似合うかいまいちわからないというか。うーん?」 「そうですよね…」 「パステルの方がいい気がする。でも、黄色ではないしな…。」 「それなら黄緑がいいです」 「黄緑?」 「はい」 「なんでか聞いてもいい?」 「はい。ええっとですね。」 穏やかなニコニコ笑顔の穂波さん。 思い出すのはあのこと。 「黄緑は安らぎの色で、落ち着くから…」 あの時の私を助けてくれた人が教えてくれたこと。 それがとてもとても心に残って染みついて離れなくて。 結局、どこに行ったかもわからないあの人はまたどこかでいろんな生徒を救っているのだろう。それがあの人の仕事。 私なんてもうあの人から消えているのだから。 思い上がるなんてことは絶対にしない。 「じゃあ、この黄緑のカーディガンなんかはどうかな?」 「いいですね」 「これにこれを合わせて…」 「穂波さん?」 いや、似合ってるのかこれ…。 どう見ても私には不相応じゃ…。 「うん完璧!」 満足そうな穂波さん。 苦笑いの私。 とりあえずそのコーディネートは買った。 「髪の毛はあまりいじらずに、バッグはこのピンクとかどう?」 「いや、私ピンクはちょっと…」 「じゃあベージュにしよっか!」 「は、はい」 なんだかセールスマンに押し売りされてるみたいだ。 ああ、将来が暗く感じてきた。
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