4. 享楽

6/8
前へ
/40ページ
次へ
「すみません。遅れました。」 「だいじょぶだいじょーぶ!待ってる時間も楽しみすぎてあっというまだったから。」 「え、そうですか?」 「そうだよ〜」 いつものニコニコ笑顔の桧山さん。 うん。その顔がとても好きだ。 「こかげちゃんの私服すごくいいね!」 「えっ、本当ですか?」 「うん。こっちが嬉しくなってくるもん。」 顔がニヤケそう。 ありがとう。穂波さん。 「じゃあ、行こうか」 「はい」 二人並んで歩く道が少しだけ長くなればいいとか思ってしまう。 それくらい、桧山さんとの時間が楽しくてキラキラしてる。 「バス乗るよ〜」 「わかりました」 初夏の風が吹いてくる。 爽やかな風で葉っぱを一つ運んできた。 「もう夏だね」 「そうですね」 「こかげちゃん。最近はどう?」 「まあまあと言ったところでしょうか」 「そうなんだ。俺は最近、バイトの先輩にベタ褒めされたよ。」 「桧山さん、接客上手そうです」 「あはは。ありがと。でも、大学はあんまりうまくいってないかな。」 「大丈夫ですか?」 「大丈夫だよ。これは自業自得だから。」 なんだか奥が深そうな笑みだ。 「バンドの方はどうですか?」 「みんなあと一年で終わりにしよっかだって。まあ、そうだろうなとは思ってた。」 「桧山さんはどうしたいんですか?」 「うーん。まあ、一年あるならいっかって。」 あっさりしてるなぁ。 「でも、楽しんだ時は戻ってこないからそれだけは悲しいかな」 「そうですね…」 「なんか暗い雰囲気になっちゃったね。あっ、そういえばこかげちゃんは海の生物だと何が好きなの?」 「わかりません…」 「そっかー。じゃあ、俺おすすめの場所に連れてってあげる。」 「ありがとうございます」 水族館に入れば、深海魚みたいだ。 暗闇の中で人の顔があまり見えないのがとても心地いい。 「俺のおすすめはここ!」 「わぁ…」 クラゲたちが踊っている。 ふわりふわりと舞うように円柱の中を踊っている。 「ここって人が少ないわりにきれいじゃん。だから、好きなんだよね〜。」 確かにクラゲというと少し危険で怖いイメージがある。 でも、こんな観賞用なら見ていて心が癒される。 「写真撮っていいですかね?」 「OKって書いてあったよ」 パシャリパシャリとメモリに溜まる。 クラゲたちのダンスが溜まっていく。 「あの、桧山さんと一緒に撮りたいです…」 「じゃあ、はいチーズ!」 いきなり桧山さんが自撮りで撮り始めるからびっくりした。 写真は送ってくれるそうだ。 「びっくりしました…」 「あっ、ごめんね。そろそろイルカショーあるし、行こっか。」 前を行く桧山さん。 その姿が暗いはずなのに、眩しく見えて、私も明るくなってる気がしたの。 だから、許されると思ってしまった。 私なんかが許されるはずないのに、やってしまった。 そう、不意に、手を取ってしまった。 そこに誰にも握られていない温かい手を握ってしまった。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加