4. 享楽

7/8
前へ
/40ページ
次へ
「こかげちゃん?」 最後に疑問符がついた桧山さんの言葉に我にかえる。 「ご、ごめんなさいっ!」 手を離そうとしたら、桧山さんが「握ってほしかった?」と聞いてきた。 「あ、えと、それは…」 「握っていい?」 きっと真っ赤になっているだろう。 首を縦にふって頷いた。 熱が伝わってくる。 桧山さんの温かさが私の緊張とかドキドキを溶かしていく。 それがキュンキュンとかふわふわみたいになって、どんどん私自身が絆されてしまう。 「こかげちゃん、大丈夫?」 「だ、大丈夫です!」 「はは、そっか」 クスクスと笑われるのが昔は嘲笑にしか聞こえなかった。 でも、今は、ここにいていい存在証明みたいなものだ。 これは桧山さんのものだからそう聞こえるのだろう。 魔法だ。 私の全てを絆して溶かして受け止めるのは桧山さんしかいないのではないだろうか? 「先に席に座ってて。飲み物買ってくる。」 「わかりました」 離れていく手。 熱が冷めていくようで、いやだな。 桧山さんのあの熱が体内を駆け巡って散っていった。 私っておかしいのかな。 熱が冷めるだけでこんなに悲しくて暗い気持ちになるなんて不思議。 もっと桧山さんのそばにいて一緒の空気を吸っていたい気分。 今日、なんだかおかしい。 熱でも出した? それなら、桧山さんに移す前に帰ったほうがいいのかな。 いや、でも、桧山さんともっといたい。 「こかげちゃん?」 「桧山さん…」 「ごめん。待たせちゃったよね。はい。」 「ありがとうございます」 パッケージにはココアと書いてある。 桧山さんのはソーダだ。 「ココア嫌い?」 「いや、今の気分にちょうどいいなと思って」 「それはよかった」 ああ、いつもの笑顔だ。 その顔がとてもとても好きで眩しくて追いかけてしまう。 「桧山さん。いつもありがとうございます。」 「そんなことないよ〜」 「でも、桧山さんがいなければ、私はこんなところにも一生来なかったかもしれないから。それは桧山さんのおかげだから、感謝してます。」 まっすぐ桧山さんを見つめる。 その時、イルカショーは始まった。 三匹のイルカが華麗にジャンプする。 ボールを突いたり、フラフープを通ったり、器用なことができるなと思った。 「こかげちゃん、すごいね!」 「はい。とても涼しい気分になれました。」 「あっ、じゃあ、色鮮やかな熱帯魚見にいこうよ」 「そうですね」 もう、手は繋いでくれない。 あの熱の感覚がずっと握られた手の中にある。 魚よりも桧山さんの方を見てしまうのはなんでだろう。 でも、魚に集中しているフリをするのもなんでだろう。 「はい、ソフトクリーム」 「ありがとうございます」 手には普通のソフトクリームを渡される。 イルカのクッキーが刺さっていた。 「俺のはシロイルカだよ。いる?」 「あ、はい」 水色のソーダ味だろうか。 幸せの味がした。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加