4. 享楽

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「楽しかったな」 自室でそう呟くと今日のことが再生される。 もっと一緒にいたいという気持ちは押し込めた。 また、バイト先で会えるとわかってるから。 「これ、本当に良かったのかな…」 自分の手元にあるものを見る。 今日の記念に桧山さんからもらったイルカのお人形。 「はあ」 イルカのつぶらな瞳を見つめているとまた再生される。 「今日はよく寝られそう」 自分でも気づかないうちにふわりふわりと微笑んでいる。 そうしてベッドにイルカさんと飛び込むとなんだか幸せな気持ち。 甘くてふわふわしてる。 わたあめのような、マシュマロのような、そんなふわふわでもふもふで甘い幸せの味。 「桧山さんに感謝の気持ちを送っておこう」 スマホを取り出して『今日はありがとうございました』とうつ。 すぐに返事が来て、『こちらこそ!』ときていた。 なんだか同じ感情を持っていると思って口角がさらに上がった。 「イルカさん。今日からよろしくね。」 部屋の電気を消して、ベッドにもう一度入る。 いつもなら眠たくならずに目が冴えているのに、今日は健やかに寝れた。 イルカさんのおかげなのか、今日のことなのか、それとも両方なのかはわからないけれど、私の不眠と悪夢の毎日はここで終わった。 でも、夢を見なかったわけではなかった。 真っ白い部屋の中で黒い服を着た穂波さんが立っている。 話しかけようと歩き出した瞬間、暗黒微笑でこちらを見つめる穂波さんがいた。 また、違う場所で暗闇の中、片手に燭台と蝋燭一本を持って歩いている。 そこには、暗闇からも恐れられている姉がいた。 白い服を着て、剣を一本持っている。 その場に立ち止まると、心配したかのように駆け寄ってきた姉がいた。 次は、いつもの街がモノクロのような世界で、バイトをしている。 自分さえもモノクロで気持ち悪い。 そこに、黄色のオーラを纏った桧山さんが現れた。 いつものにこやかな笑みと共にこの世界に色をつける。 しかし、桧山さんの中心部はとても濁った色をしていた。 最後に、私が何もない場所に立っている。 無色、または全ての色が流れるこの空間で私は一つの色を見つめていた。 しかし、その色は憧れ、恐れ、崇め、慄いた、頂点にして孤独だった。 手を伸ばせば自分さえもそうなってしまう。 ならば、最初からこれでいい。 自分のもらったこの色で人生が送れればいいと思った。 「この灰色が私に一番似合うから」 ああ、そうか。 羨ましく思う気持ちはあったけど、結局灰色がいいんだ。 私はこのどっちつかずがいいんだ。 善悪も有無も、この中途半端で真ん中がいいんだ。 私はこの色を愛そう。 誰かが非難しても守ろう。 ぞっと優しく触れれば自分もその色になった。 これからはイルカさんと一緒にいてくれる。 享楽も辛苦も全部、共にして歩いて行こう。 この夢のおかげさまでいつもよりも一時間遅く起きた。
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