そら職人見習い

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そら職人見習い

 一人の若い女が、山中で車を走らせていた。  車は山の中にポツンとある廃屋に入った。  ホテルか何かだったらしい廃墟の駐車場に車を停めて、彼女は人気のない建物の入り口を三回ノックした。 「よお」  彼女の隣に突如魔法のように現れたのは、元の色が何かもわからないくらい汚れたオーバーオールの中年の男。 「お嬢ちゃんが噂の新人かい?」  男は酒焼けした声で尋ねた。  彼女は驚く様子もなく、男に向かって礼儀正しく頭を下げた。 「本日からよろしくお願いします!」 「早速仕事だぜ、ついてきな」  男は黒いバンに乗り込んで、彼女はいそいそと助手席に乗り込んだ。  これが、母国の養成課程を卒業してすぐの彼女の初仕事。  「(そら)職人」の初出勤の日だった。  空職人は、難しい仕事だ。  昔から、空をあげる人々はその光景に様々な心情を抱いた。  例えば虹。その不思議な光線を吉兆とする者もいれば、不吉な前触れとする者もいた。色も実に様々で、七色や六色、五色や、単に二色だけだという地域もある。  そうした様々な事情を踏まえて、見る人々に最適な虹や、空の色、雲や太陽を塗らなければならない。 「昔はよう、空の色だか、なんだかなんて、よっぽど暇な奴しか気にしてなかったもんだ」  二人の乗ったバンは、ちょうど山地を抜けたところにある農場の上空を飛んでいる。 「先パイは、ここ1000年は虹塗り人をやってるんですよね」 「おうよ、なのに最近は、虹の出来がどうだか、空の色がどうだかに人間がうるさくなっちまった。写真なんてもんができやがるから、ヘマしたらすぐバレちまう。 上もうるさくなってきてな。 オレみたいな雑な奴は、やりづらくて敵わねぇ。お嬢ちゃんが仕事を覚えたらオレは引退するんだよ。早く覚えてもらわなくちゃな」 「が、がんばります!」  男が、窓からひょっこり顔を出して、地上を見下ろした。 「よし、最初の地点はここだ。見てな」  彼は、運転席のドアを開けて、空へ飛び出した。腰袋から、刷毛とペンキを取り出すと、ちょちょいと綺麗な虹を描いた。 「今日は『晴れと虹』の指示が出てるから、こんなもんでいいな。この刷毛さえありゃ、晴れの空も曇り空も描けるのさ。さあ、使い方を教えるぜ」 「はい!」  そうして彼女は、彼の空職人の仕事を引き継いだ。  彼女は、すぐに新しい仕事に慣れて、順調に与えられたタスクをこなしていた。  そして、ある日、彼女はひどく機嫌よく仕事を終えた。  その日の担当地区は、郊外で、小学校があったのだ。そこでは、ぴかぴかの小学一年生が、図工の時間に絵を描いていた。  そこで彼女は、『晴天』の指示に少しサービスして、絵が描きやすいように太陽の色を塗り直して、大きな虹も描いたのだ。  小学生には大好評。みな、口々に「虹だ!」「虹だ!」と声をあげて喜んだ。  これだ。私がやりたかった仕事は。  彼女はそう思った。空を見上げる人に、夢や希望、喜びを与える。彼女はそんな仕事をしたかったのだ。  その夜、夕暮れを塗り終えて昼間シフトが終わった彼女は上司のケンに呼び出された。 「なんだこれは!」  スーツ姿のケンがデスクの上に叩きつけたのは、一枚の写真。  映っているのは、青い空、きっちり七色に塗り分けられている虹、そして真っ赤な太陽。  紛れもなく、昼間彼女が小学校の上で塗った虹だ。 「すみません! 指示にはなかったんですが、子どもたちが喜ぶかと思って……」 「そんなことを言っているんじゃない! なんだい、この虹の色! 太陽の色は! 人間も、一色多い虹と赤い太陽を不思議がっている!」  ケンは、次々にコピー用紙を広げていく。  SNSの投稿、ネットニュース、果ては専門家の解説まで、数十枚に及ぶ「異常な空模様」に関する情報が列挙されている。  ケンが叫んだ。 「可哀想に! 今日、絵を描いた子は、みんな先生に怒られてしまったよ。太陽は黄色! 虹は六色ってね!」 「そんな!」  ケンは肩をすくめながら、大袈裟に眉を下げて見せた。 「ハナコ。 残念だが、人間の大人とはそういうものなのだ。 引退してフロリダにいるボブを呼び戻すよ。君が、アメリカに慣れるまではね」
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