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俺の普通の夜
帰宅者の数も落ち着き、人通りの少なくなった時間。
夜道を歩く奥瀬十和に、落ち武者のような異形の影が忍び寄る。
人通りが少ないのは、もしかすると人間は皆この異形に恐れをなして逃げ出したからかもしれなかった。
刻一刻と迫ってくる硬質の足音を、十和は気にも留めない。やがて異形は彼の真後ろで足を止めた。
異形は彼に向かって血のこびり付いた腕を振り上げ……
「息災か、トワイニーグ」
親し気に語り掛けた。振り返った十和の目には恐怖は無く、呆れたような笑みを浮かべている。
「何だ、ミカサミか」
「何だは無いであろう、拙者とお前は同期の桜ではないか」
「あーはいはいそうでしたね、同じ日に入所したのに先に免許取って戦闘に裏工作に大活躍中のミカサミ様」
進行方向に向き直った十和に、ミカサミはごく自然に付いてくる。十和は迷惑そうな表情を作ったが、素振りだけだ。ミカサミがこのままだと家まで付いてくるのを本気で追い払おうとはしていない。
「拗ねないでおくれよ、お前もあと最終課題で終いであろ?」
「この世にはもう少しだって思ってから終わるまでに、もう少しって思うまでと同じだけ時間がかかることがあるんだよ」
「ま、戦闘免許は遅かれ早かれ取らざるを得ない、苦労は今のうちにしておけ」
十和は溜息を吐いた。組織において、実際にそういう仕事を担当するかどうかはともかく、有事に戦えるものと戦えないものなら、前者の方が待遇が良い。
それは十分に分かっているから、一刻も早く免許を取って、良いポジションに付きたい。
そうすれば、こんな安アパートに居座り続ける意味も無くなる。もっといい部屋に住んで、万全の状態で戦える。
「上から目線め……」
「まあまあ。で、どんな成果を提出するのだったか?」
「……対外敵用精神操作音波演奏」
「あー、お前のアパートの住人が皆様子がおかしいのはお前の実験のせいかあ。ならもう殆ど完成しているのではないか?」
「まだ……まだ一人正気な奴がいるんだ」
「良いではないか一人ぐらい。音波攻撃はどうしても年齢や耳の構造によって効きやすさに差が出るのだから」
ミカサミは仮面のような自分の顔の、人間でいう耳の有る辺りをとんとんと叩いた。十和はお前の耳はそこで良いのか、と聞きたくなったがやめておいた。
「昨日まではもう諦めようと思ってたさ」
「ほう、ではそこまで完璧を目指す理由は如何に」
「そいつと今朝話したら、そいつは発狂どころか至って正気で……しかも、しかも! 俺がここに来た時の事馬鹿にしたんだ!」
「ああ、向こうの通りで思いがけず戦闘対象と鉢合わせしたという時か」
「戦わなかったんじゃねーし! 免許無いから戦えないんだし! あの程度実際戦ったら倒せてたし!!」
「おお……」
いつになく感情的な十和に、ミカサミは若干引いた。そんな同期の様子に目もくれず、十和は感情のボルテージを上げていく。
「だから決めたんだ! 絶対にあいつ……松島凛人を発狂させて……『対上級ヒーロー戦闘免許』の最終課題に花を添えてやるって!」
悔しさに任せて叫んだ十和の体を、黒い靄が包む。靄が晴れた時、十和は真の姿である怪人トワイニーグの姿を晒していた。
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