無章 『昏き陰謀』

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無章 『昏き陰謀』

 円卓が一つ置かれた地下の密室。円卓を囲むのは八人の男たちだ。部屋は照明によって適度な明るさを保っているにも関わらず、漂う空気は暗く、重い。 「『完全淫話主義』だと! インプ共め! ふざけおって!」  頭をスキンヘッドにした中年の男が円卓を拳で叩き、声を荒らげる。 「まったくですな。……しかし放置すれば、我々はインプどもに手も足も出せなくなるでしょう」  男の(はす)向かいに座る、眼鏡をかけた学者風の男が追従する。 「……とはいえどうする? サキュバリスは平和主義国家だ。我々人間の間にも淫魔族を信奉するものは多い。もしサキュバリスに戦争を仕掛けるとなれば、国内の分裂は避けられぬだろう」 「たしかに。……それに、もしサキュバリスを攻めれば、魔族の盟主を自称するヴァンパイアロードが動くかもしれません。彼の号令で魔族が一斉に攻めてくれば、シェンミンの被害は計り知れないことになります」  慎重な口ぶりで話したのは片眼鏡をかけた老人だった。それに同意したのはまたもや学者風の男。列席する者たちから唸り声が上がる。  若い男はただ一人、無言でその様子を眺めていた。  ――くだらない。あまりにも滑稽だ。こいつらは多くを知る立場にありながら、何も見えていない。  若い男は目の前の光景を内心でそう評した。 「私の意見を述べてもよろしいでしょうか」  若い男は馬鹿馬鹿しさを感じながら手を挙げた。  議長役の男は職務を忘れて、他の男たちと憶測を交わしていた。彼は、この場で最年少の男が発言を求めたのを見ると、木槌を二回、打ち鳴らした。場が静まる。 「ありがとうございます。……まずサキュバリス攻撃の是非ですが、これはやらなければならないでしょう。『完全淫話主義』により武装を解除された後では、我々人間は淫魔族のみならず、他の魔族に対しても手も足も出なくなります」  参列者の半分が頷き、残る半分は「何を今さら」と年少の彼に冷ややかな視線を送っている。若い男はそのまま続ける。 「もちろん、サキュバリスに我々が率先して攻め込めば、魔族たちは団結して我々に攻撃してきます。そうなれば我々の勝算はほとんどありません。……これは軍務大臣としての私の意見です」  場が再びざわめき出す。若い男は最年少で軍務大臣にまで上り詰めた天才だった。その天才が、軍事の専門家が、「勝てない」と言ったのだ。彼らの驚きはひとかたならないものがあっただろう。もっとも、若き天才にしてみれば、なぜ自分より長く生きているあなたたちがその程度のこともわからないのか、と鼻で笑いたくなるところではあったが。 「故に我々のまず行うべきは、魔族の団結を妨害することです。幸いなことに『完全淫話主義』に不信を抱く魔族は多い。彼らとしても拠り所となる武力を失うのは怖いのでしょう。その不信を煽り、魔族の心をサキュバリスから離してしまうのです。我々が攻めるのはその後からでも遅くはありません」 「ヴァンパイアロードが動いてきたらどうする? 奴は仮にも魔族の盟主。魔界が侵攻されるのを黙って見ていると思うか?」  片眼鏡の老人が、若い男の発言に疑問を呈した。 「ヴァンパイアロードに関しては心配無用でしょう。現に我々は国境を接する魔族たちと千年の長きに渡って交戦状態にありますが、その間一度も彼が動いたことはありません。……もしも不安ならば、進物として若い娘でもヴァンピキアに差し出せばよろしいかと。自尊心の高いヴァンパイアロードのこと、必ず我らを見くびり、傍観を決め込むでしょう」  若い男は発言を終えて席に着く。密談部屋には、彼の提案を受けて様々な意見が、秩序なく飛び交う。中には「若い娘を差し出すなどもったいない!」という声もあり、彼は笑いを堪えるのに苦労した。  ――やはり、この世界は間違っている。  力のあるものが、その力の使い方を知らないが為に世界は二百年もの間、混迷の只中にある。ここにいる人間たちもそうだが、ヴァンパイアロードにせよ、サキュバスロードにせよ、あまりに、愚かだ。  世界は正しく導かれなければならない。  ……この、私の手によって。  彼は堪えていた笑いを薄く、口の端にのせた。
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