魔王として生きる道

6/6

8人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
街の中央にある広場には、大勢の人間が集まっていた。そして、広場に置かれた処刑台、そこには、縄で胴体を縛られた勇者と、魔王の姿があった。 「さあ、勇者よ。最後に言いたいことはあるか」 魔王の言葉に、勇者はしばらく考える表情を見せた後、無言で首を振る。 「そうか。ないか。では、お前を殺す前に、ある人間を処刑しようか」 魔大臣に連れられて、処刑台にあがったのは、勇者の恋人だった。 「な、どういうことだ。この子は助けると言ったはずだろ。卑怯者」 勇者は必死の形相で叫ぶが、魔王は気にもしていなかった。 「ははは。魔王が卑怯で何が悪い。お前はただ自分の無力さを噛みしめるんだな」 「勇者様、助けて」 勇者の恋人の瞳は、涙で濡れていた。 「くそお。やめろ」 勇者の叫びに、魔王はニタリとする。 その手に持った剣を振り上げたその時、人混みの中からイナズマがはしり、魔王に直撃する。 「ぐわっ」 その手から剣が落ちた。魔王は人混みへと視線を向ける。イナズマが出たあたりに、杖を持った若い女の子がいた。 「魔王、あんたの好きにはさせないんだから」 彼女は、勇者のパーティの一人である魔法使いだった。 「ふん。そんな子供だましみたいな魔法で俺様を倒せると思うなよ」 「あら、私の方に気を取られている場合ではないんじゃない」 「何だと」 魔大臣の横、縄で囚われていたはずの勇者の恋人はいなかった。処刑台の下、格闘家風のガタイの良い男が、軽々と彼女を脇に抱えていた。彼も勇者の仲間の一人だ。 「勇者さんよ。これで心置きなく戦えるだろ」 格闘家の男が、ニッと笑みを見せる。 魔王は勇者の方に視線をやる。いつの間にか、勇者の縄がほどけ、その手には、聖なる剣"フィエルボワ"が握られている。 「魔王よ、覚悟しろ。お前を倒して、この国を解放する」 剣の切先が、魔王の方に向けられる。 「ふふふ。俺も甘く見られたものだな。お前らが束になってかかってこようが、俺を倒せるわけがない。本当の姿を見せようじゃないか」 魔王の全身が、煙に包まれる。やがて、煙が晴れると、魔王は巨大なドラゴンに化けていた。 「くらえ!」 ドラゴンに化けた魔王の口から、黒い炎が噴き出る。勇者はさっと横に飛び、炎をかわした。処刑台は黒い炎に包まれて、瞬く間に灰になった。 「お前のその服も、この世の全てを焼き尽くす"暗黒の火炎"には耐えられないだろう」 魔王はめいっぱい息を吸い込む。そして、大量の炎が吐き出された。しかし、勇者は避けようとしなかった。それどころか、炎に立ち向かっていった。 「うおおおお」 勇者は剣を素早く振り下ろして、炎を切り裂く。両側に分かれた炎の間を抜けて、魔王へと向かっていく。 「魔王、くらえ」 勇者の剣が、魔王の左胸に深く突き刺さった。 「ぐわああああ」 また再び魔王の体が煙に包まれた。煙が晴れると、もうドラゴンの姿はなく、元の魔王の姿に戻っていた。胸には変わらず、剣が刺さっている。 魔王の巨体が倒れた。もう魔王には、起き上がる力も残っていなかった。聖なる剣の魔力が、魔王の全ての生命力を奪いつつあった。 広場には、民衆達の雄叫びが響き渡っていた。歓喜に満ちた声が、魔王の鼓膜を振るわせる。 魔王の意識は次第に薄れていった。ぼやけていく視界の中に、勇者の姿があった。右手を大きく挙げて、民衆の歓声に応えていた。 ──ああ、きっと俺は、この日を待っていたんだろうな。 魔王は、すっと目を閉じた。その表情はどこか、微笑んでいるように見えた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加